3月112013

3.11から2年

3.11の東北大震災から今日で2年。
PM2時46分 自宅にて黙とう。

数日前から、東北の現状を伝える報道番組が増えている。
その中で、被災地の復旧が進んでいないとの報道が多く、その中で住民の意見もまちまちである事も伝えていた。
陸前高田の「奇跡の一本松」のレプリカがほぼ完成した。その事に対して賛否両論。
「将来に向けて、その事実を伝えるためにも必要。勇気を貰える。・・・」
「あんなものを見ると、あの時の事を思い出してしまう。1億円も掛けるのなら、我々の生活を何とかしてほしい。・・・」等
どちらも意見も当然。

某市市長は、「復興予算はあるものの、使い道の限定等が厳しく執行できないものが多い。」と
そういえば、以前、「国民からの寄付金の配布ルールが無くて、被災者に届いていない」という報道があったが、それは解決したのだろうか?その報道が無いような?

仮設店舗で、飲食店を営業開始した人は、開店時は多数のお客さんが来てくれたけど、近所に住宅地が無い為か、今は、ほとんどお客さんがいないと。
飲食店は、地域住民の数等からのバランスの中で成り立っている。
そのバランスが崩れている中での営業は、厳しいところもある。

雇用については、有効求人倍率が1.0を超えてきたとの報道もあったが、このバランスも崩れている様だ。
再建が、ままならない企業も多い様だ。

被災地域の皆さん全てに最善な方法を見つける事は、なかなか難しいと思う。
しかし、確実に前を進んでほしいものと思う。

島根にいると、東北の現状を知る手段は、TVの報道以外ほとんど無い。
更には、その事が日常会話になる事も少ない。
上京した際には、何かにつけて3.11の時の話題になることも多い。
先日も、ある方と話をしていて
「その時、サウナにいて、パニックになった。」
「えっ、すっぽんぽん?」
「そう。出るに出れなくて・・・。」
どんな場面で、災害に遭遇するかは判らない。
おそらく、そのサウナでは、その時の反省で、何かの対策が取られているものと思う。
川崎在住の時は、会社内で災害発生時の緊急連絡体制、帰宅基準等が定められ、色々な事が準備されていた。各会社で、その準備が確実に進められているものと思う。3.11を新橋で遭遇した時も、近隣の会社の女性社員がヘルメットをかぶって広場に避難してきた姿も見た。
その後、東北大震災の教訓を生かした取り組みが色々とされているものと思う。

江津市では、 Uターンしてきた時は、地震がほとんど無い地域だけに地震を想定した避難訓練など皆無だった。
しかし、今は地震を想定した避難訓練が行われたり、各地に海抜を示した表示板が設置されたりしはじめた。
確実に、東北大震災の教訓を生かそうとの気運が出てきている。
その教訓は、被災者の方の上に成り立っている事は、忘れてはいけない。

まずは、東北地区の復旧・復興が進むことを願いたい。

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