7月122025

“三歳からの同級生”君宅へ

今日(7/12)の東京は、曇りがちの天気で、気温もそれほど上昇せずで、過ごしやすい1日でした。




以前、報告しました通り、当ブログのコメンテーターでした”三歳からの同級生”君が亡くなり、浦和(埼玉県)の自宅を訪ねました。



信じられていなかったのですが、本当にお骨となり写真に白黒の帯が付けられていました。

急な事で仏壇の準備も出来ていないと言うか、まだ、母上がお健在で施設には入っておられますので、仏壇は、そちらにあるのではないかと?
納骨もまだだった様です。

しっかり手を合わせてきました。

私が行くという事で、千住(東京)に住んでおられるお姉さま(2歳上)も来て下さり、50年ぶりぐらいにお会いしました。

「彼は、70歳近くまで働き、大学時代からの日本拳法のお世話を続け、好きな酒、たばこをたしなみ、最後はゴルフ場での心筋梗塞ですから、何も苦しみも無く逝ってしまった。幸せな人生だったでしょう。」と彼のお姉さま。

あらためてご冥福をお祈りいたします。






浦和に移動する途中で、東京駅のエキナカが大きく変わったと聞いていましたので、ちょっと寄ってみました。

デパートの食品売り場と勘違いするほどの店舗が並んでいました。
しかも、午前中でも店舗によっては大行列で、「最後尾」と書いてある札を持っている店員のいる所も数か所ありました。

東京駅の地下には、昔から待ち合わせ場所の「銀の鈴」があるのですが、「今もあるのか?」と探してみた所、ありました。



人が「銀の鈴」の前を通過している事に気が付きませんでした。

アクリルケースの中に入っていて、位置が低く、待ち合わせ場所としては機能していない様な?

以前の物は、天井からぶら下がっていて、千葉方面に出張行く際に、工場の人と待ち合わせするのに使っていました。
奥に人がたくさんいるのが判りますでしょうか?椅子が有って、休憩等が出来るスペースになっていましたが、昔も椅子が有り、当時は灰皿が有って、煙がもうもうとしていました。
その端っこに売店が有り、サンドイッチを買って総武線特急に乗り込んだことを覚えています。


そこにあった掲示してある構内図を見ましたが、昔と位置は同じだとは思いますが、周りの雰囲気が変わり過ぎて・・・。



今や、スマホが進歩していて、「銀の鈴」の意味がなくなっているのでしょうかね?

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