8月122015

あれから30年

今日(8/12)は、時折パラパラする時間帯もある曇りがちの天気。
しかし、少々蒸し暑い。
もう少し、降ってほしいところだ。

 

日航ジャンボ機の御巣鷹山墜落事故から30年経過した。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG12H0X_S5A810C1MM0000/?dg=1

あの日の事は、鮮明に覚えている。
事故を知ったのは、会社から帰りの社内バスの中だった。
当時京浜事業所に勤務していて、2時間残業までは鶴見線があったが、3時間残業時は、社内バスで鶴見駅まで送ってくれていた。
そのバスのラジオニュースで、「日航機が長野県あたりに墜落した模様」との報道で知った。
その日、夜中(渋滞を避けて)に軽井沢の知り合いの別荘に10名程度で、遊びに行く事になっていた。
群馬側から移動する道中、軽井沢に近づくと、墜落場所が特定出来ずに捜索の為か?、ヘリコプターが何機も飛びまわっていて、「このあたりなのかね?」と車の中からキョロキョロしていた事を覚えている。

 

その頃、お盆を軽井沢で過ごすことが恒例になっていて、2,3泊するのだが、新聞も、TVも無い生活で、1本の電話だけが外との連絡手段だった(当然、携帯電話は無かった。)為、2,3日は世の中で何が起こっているかも知らない生活をしていた。
しかし、この年は、みんながこの事故が気になっていた様で、車のラジオを聞いては情報を得ていた。
1人が生存者が確認されたとのニュースの時は、みんなで「良かったね。」と話をした事を覚えている。
生存者に、島根県の方もいたニュースも入って来て、特別に嬉しかった事も覚えている。

 

早いもので、あれから30年。
今であれば、GPS等の技術も確立されていて、早く墜落位置が特定できて、もう少し生存者がいたのかもしれない。
いや、事故も発生していないのかもしれない。
あらためて、お亡くなりになった方のご冥福をお祈りいたします。

2件のコメントがあります。

2 件のコメントがあります。

  1. 三歳からの同級生 2015/08/13 0:28:54

    花田屋 様

    日航機墜落から30年になりますね。
    当日は私も仕事帰り、カーラジオでの一報から、ずっとラジオを聞きっぱなしで帰宅した記憶があります。
    あの事故では、阪神球団社長も九ちゃんも亡くなりました。

    先日、当時航空自衛隊のパイロットで駿河湾上空で事故機と遭遇した方のインタビューをTVで見ました。
    あの時に追尾しておけば…、管制に連絡すれば…、結果はどうなったかはわからないが、何かもっと良い結末だったのではないか・・等々。
    30年経って初めて他人に話すことが出来た。今、話すべきだと考えた。こんなインタビューでした。

    単独機の事故では世界で最も多くの方々の命を奪ったあの事故。
    2度と繰り返してはならないと思います。

    明日(正確には既に今日ですが…)から夏休み。
    今日は打ち上げの反省会と称する、単なる飲み会でした。
    辛うじて今日の内に帰宅しました。

  2. 花田屋 2015/08/13 9:59:09

    三歳からの同級生様

    >あの事故では、阪神球団社長も九ちゃんも亡くなりました。

    そうでしたね。

    当時航空自衛隊のパイロットのインタビューは、私も聞きました。
    機長のお嬢様で、現在JALのCAをやっておられる方のインタビューも聞きました。

    色々な思いで、30年過ごしてこられたのだと思います。
    飛行機は、確率的には安全だと思いますが、一度の事故で、一気にたくさんの方の犠牲が出る可能性があります。
    二度と発生しない、努力をお願いしたいと思います。

    今日(13日)から、夏休みですか・・。
    有意義に、お過ごしください。

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