2月122010
地域活性に必要なマーケティング思考
今日(2/12)は、午前中3時間ほど講義。
15:00から、上記テーマのセミナーに参加した。
講師は、事業創造大学院大学の信田和宏教授。
信田教授は、小学校時代を江津で過ごされ、郷田小学校の大先輩。
前職は、電通に勤務され、海外の支社長等も歴任されている。
以前、私が東京に行った際に、お会いしており大変興味を持って聞かせていただいた。
第一部は、世の中の動向を踏まえた一般論。
第二部は、江津に焦点を当てたマーケティング思考
第二部では、日経等のデータからの江津の分析に始まり、江津からコンセプトが聞こえてこない。と訴えられた。
具体的な施策の一つとして、話題性として日本一があれば、それを徹底的に使う。無ければ日本一を作るのが早道と。
基本スタンスは、私が訴えている事に近く、今後自信を持って訴える事が出来るものであった。
日本一に関しては、
2008-9/6“日本一の無い江津市”で、私も提案し、あちらこちらで訴えている。
更にこの中で
「江津市観光協会のキャッチフレーズも “自然豊かな癒しの地 江津市”となっている。
このキャッチフレーズでは、おそらく誰も訪れようとはしない。
なぜなら、”自然豊かな癒しの地”は、全国どこにでもあると思えるからだ。」
とコンセプトの弱さも訴えた。
マーケティングは、私の不得意分野。
しかし、今日の講演で、私が持っている分析力がマーケティングにも応用できると自信を持たせていただいた。
大変、有意義な講演であった。
講演後、しばらく談笑させていただき、また何かの折にはメールさせていただく事を了解頂きお見送りした。
明日も、午前中3時間ほど講義。
将来、できるだろう”江津のコンセプト”には、いずれにしろ強い企業は必要になる。
頑張らなければ。
花田屋 さま
久しぶりにこんな時間に、一杯飲んでの電車帰宅中です。早すぎる!
怖いのはこれからまた途中下車すること…。
閑話休題。
信田先生の話も君の以前の話も、まさに仰る通りだと思います。
問題は一朝一夕には行かない事で、尚且つその先を見据えたはずの当座の施策が当座のみで終わってしまう事例が殆ど、と言う所にあるのではないかと言う事では?
携帯からの書き込みですので、あれこれ思っているうちに下車駅です。
また途中下車してしまいます。トホホ…。
三歳からの同級生様
今日は花金ですので、ハシゴもよろしいのでは。
そうです。
信田先生は、コンセプトを市長が変わって変更とか、幾度となく変える事は良くないとも言っておられました。
施策は、当座の物、長期的な物と継続させる推進力が必要だと思います。
企業も同じでした。
旗印は、重要なのです。
>このキャッチフレーズでは、
>おそらく誰も訪れようとはしない。
>なぜなら、”自然豊かな癒しの地”は、
>全国どこにでもあると思えるからだ。」
>とコンセプトの弱さも訴えた。
キャッチコピーには何時も頭を悩ませます。
商品パッケージ、パンフ、FAXDM・・・
あらゆる場面で、吐き気がするほど考えて、結局は無難な所に着地する事は良くある事ですね~!
要は、特徴が並であるモノはほとんどがそうですね。
マーケティングは、これだ!!ってものは最初からない訳で、やっては検証、またやる・・この繰り返しですね。
1発目で当たったものだけが評判になりますが・・・
発想力と分析力。
今は他人事ではなく、我が事で手一杯ですが・・・
新聞屋の所長様
商品のキャッチコピーもそうですよね。
マーケティングも、一回で当てるのは奇跡です。
市のコンセプトは、市民も同じ思いになってもらう必要もあり、戦略もそれに沿う必要があります。
同じく難しいです。
江津は、これと言った産物、名物が無いので、”自然豊かな癒しの地”となってしまうのでしょうね。
発想力がほしいですね。
全国に誇り得る石州「赤瓦」!
これに関わる歴史と文化、そして生産と景観。結構奥が深いのですが・・・。
夜空の撃墜王様
確かに、赤瓦は特徴のある産物です。
いっそのこと、黒瓦の家は、条例で全て赤瓦にしてもらうとかすれば、”赤瓦の街”と言えるのでしょうけどね。
条例は、無理かな?
景観条例で景観形成地区にすれば可能ですが、私は住民の主体的な取組みが望ましいと思います。
江津本町地区は「赤瓦のまちづくり協定」を結んでおられますが・・・。
夜空の撃墜王様
>私は住民の主体的な取組みが望ましいと思います。
それは無理だと思います。
新しい家を建てる方は、自分の好みで色々な家を建てられますよね。
たまたま、家を建てるタイミングが無く、その地域に住んでいるのが現状ですから・・・。
その歴史的価値等は、その事に興味がある方が言っているだけです。
ただし、その事が江津市の発展等につながり、その地域の方も潤う事が出てくれば、”赤瓦”も別な価値観が出てきます。
私が条例と言っているのは、その別価値観も出ての話です。
萩の街も、それに近い条例なのか、暗黙の了解かはわかりませんが、ある様です。
あの街は、観光と言う立派な価値観があるから成り立っているのだと思います。
住民の主体的な取組みには、当然その牽引力となる人材が必要です。「街づくりは人づくり」とはこんなことも意味しているのかと思います。
様々な分野がありますが、一般的に街づくりの成功の秘訣は「よそ者」「若者」「バカ者」の存在だとも。
自分の好みだけで住宅を建てるのは当然のことで、それを批判できませんが、個人住宅においても外観に関わる形状や色彩などに関する景観といえる部分に関して、「公共的」と捉えるという考え方もあります。このような考え方に似たもので法律になっているのか屋外広告物法だと思います。
建築物等に関して日本人は、欧米の人たちに比べて公共とういう概念が欠如していると聞きます。これが街なみ景観の乱れに繋がっているのですが、これに気づかない人も多いでしょう。
地域の歴史や文化そして守り引き継がれてきた景観というものを住民一人ひとりが理解していれば、「主体的な取組み」も可能だと思います。もしかしたら江津市民に必要なのはふるさとを知る「ふるさと教育」かも知れません。
このような事で地域の経済発展とか活性化などに直接繋がるとは思いませんが、他人が認めなければ価値が無いのか・・・。私はそうは思いません。私たち自身が探し発見するところから全てが始まるのでは無いでしょうか。
石州赤瓦についてもそうです。「はんど」の製作技術から発展した瓦の歴史とそれによって形成された地域景観などを理解し誇りに感じていれば、瓦を使わない○○ホームとかのハウスメーカー家を買って、2千とか3千万円ものお金を市外に流出させることもないのではと考えてしまいます。ここまで考えれば経済効果的には大きなマイナスですよね。ふるさとの存在意義と価値を知る、知らないだけで結構大きな影響があるかも知れません。
夜空の撃墜王様
>住民の主体的な取組みには、当然その牽引力となる人材が必要です。
人だけでは駄目だと思います。
その思いとか夢に賛同出来るものがないと。
今の”赤瓦”は、どうなのでしょうか?
>地域景観などを理解し誇りに感じていれば、瓦を使わない○○ホームとかのハウスメーカー家を買って、2千とか3千万円ものお金を市外に流出させることもないのではと考えてしまいます。
本町に来て、「古い町並みは好きです。誇りです。」と言っている方が洋風な家に住んでいる事も多々あります。
おそらく1回しか購入できない家ですから、本当に住みたい家を購入するのでしょうね。
勿論、資金の問題もあるでしょうけど・・・。
貴殿の建物、街づくりの公共性、ふるさとを思う気持ちを否定する気は、もうとうありません。
しかし、古いものと新しいものとの協調。見る側と見られる側の協調。守るものに掛かる費用と新たなものから得る収入との協調等、そのバランスが崩れると上手くいかないものだと思っています。
市民と外部の方が納得するコンセプトは難しいですよね。
「個人」「自由」「価値」「公共」・・・地方でも都会でも、そして規模の大小や古い新しいを問わず、「街づくり」というものを行う上で難しい問題です。もしかしたら欧米にくらべて日本人は・・・。まだまだ日本の社会は成熟していないのかも知れません。
夜空の撃墜王様
そうかも知れないですね。
ドイツのある街では、洗濯物が道路から見える事は、ご法度らしいです。
これも、街の景観を保つ為の様です。
日本は、まずは自分の生活が先なのかも?