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カテゴリ:店主のまわり

9月 24 2011

秋の晴天

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今日(9/24)は、朝から晴天。
明け方は、放射冷却の為か、かなり気温は下がっていたが、お昼前からは気温も急激に上がり、暑いぐらいだった。

午前中から、嘉戸の堤防にキス釣りに出かけた。


東風が心地良く、快適。
真っ青な空が判りますでしょうか? 

上の写真の真ん中は、浅利富士。
形は、富士山そっくりで、浅利富士と命名されている様だが・・・。
小学校の時に、遠足で頂上まで行った記憶がある。

釣果は、台風12,15号と連続で海水温が急に下がったようで、ちょっとだけ。

一番下が22cmとまずまずのサイズ。
真ん中の、黒いのが愛嬌で釣れた、馬面(カワハギ)
 

13:00頃、堤防の上を帰るために歩いていると、なんと同級生が2人キス釣り。
一人は、キス、スズキ釣りのプロ級のM君。
「あんまり釣らずに、俺の分を残しておいてくれよ。」
「大丈夫だよ、小さいのは釣らないから」と。
プロに言われると、ごもっとも。
もう一人は、コメンテーター”新聞屋の所長”君のいとこでもあるT君。
彼は、私と変らない素人の様で、M君に教わりながらのチャレンジ。
「一緒に来たの?」
「たまたま、出会った。」との事。
釣り場に行くと、時々知り合いに出会うのも、田舎のいいところ。

午後3時からは、郷田小学校の体育館へ。
明日、本町連合自治会の敬老会が開催されるのだが、各自治会で余興の出し物が用意されていて、我が第三自治会は、伝統的にコーラス。
そのリハーサルが行われ参加。
敬老会は、毎年開催されているが、余興付きは2年に1度。
2年前は、勤務していたポリテクノ学園祭と重なり不参加。
その2年前は、その事を知らずに、その日に東京行きを予定していて不参加。
と言う事で、私は初参加となる。

無事リハーサルを終え、明日は12:15分に集合し本番となる。

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9月 22 2011

緊急津波速報

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今日(9/22)は、朝から時々太陽が顔を出していたものの、この秋一番の冷え込み。
上着無しでは、寒いくらい。
10:00頃には、めいっぱいの日差しがあり、台風一過の様相であったが、14:00頃からいきなりの雨。
雨が降り出すと同時に一気に気温が下がり、また肌寒い感じに。
明日からは、毎日お天気マーク。
秋の最も良い時期に入るのだろうか?

昨日の新聞記事で、文科省が「緊急津波速報」の開発の為の70億円の予算申請をしたとの事。

http://www.47news.jp/CN/201109/CN2011092101000931.html

緊急地震速報の開発当時に、ちょっとだけかかわった事が有るのだが、当時から津波の件も話題に出ていた。
緊急地震速報は、誤報が多いとかと報道に叩かれる事もあるが、今まで全く無かった「予知」をここまで出来る様にした事を褒めるべきだと思う。
津波は、更に難しい技術に取り組む事になるのではないかと思っている。
予算計上が、僅か70億円で良いのだろうか?
いくらが適切なのかは良く判らないが、70億円ではある限られたセンサーの配置しか出来ないのでは?と思う。
早期に開発出来る事により、お金には変えられない人の命がどれだけ助かる事か・・・。

出来るだけ多くのデーターを収集し、その解析をする事で初めて「予知」にたどり着くはず。
どこで、津波が発生するかは判らない。
いたるところの津波を計測する必要がある。
北海道から房総半島にセンサーを設置するとあるが、東南海地震発生予想地域等も早期にセンサーを敷設し、データーを採取した方が、より開発は早く進むものと考える。
また、設置予定のセンサーが、311レベルの地震津波が発生しても、正しいデーターが取れるのか?
数種類のセンサーを設置する必要もあるのではないかと思う。

311にて、もし「緊急津波速報」システムがあったなら、何人の命が助けられたか?を再検討し、早期システムの開発を行ってほしいと思う。

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9月 20 2011

またまた雨台風

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今日(9/20)は、江津でも台風の影響で雨。
少量ながらも、降り続いており通算80mm程度。

今回は海側の方の雨量が多いのか、防災無線での浜原ダムの放流情報は、まだ無い。
江川の水位も少し上がった程度で、今の所は心配無い。

しかし、台風12号に続いて台風15号も各地に大雨をもたらしている。
名古屋の庄内川が氾濫し、100万人程度に対して避難勧告。
(この時間の水位は、下がっている様だが、明日も大雨情報)

台風12号の影響で土砂ダムが出来ている和歌山県でも、土砂ダムが満水になっている。
その和歌山、名古屋を経由し関東を直撃する予報。

水害は、多少の避難時間は有るものの、やはり怖い。
早めの避難をしていただくことをお願いしたい。
これ以上被害が出ないことを祈りたい。

まだ9月。
台風が発生する可能性は十分ある。
折角の農作物が被害受けている報道もある。
せめて収穫が終わってからにしてほしいと願うだけである。

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9月 19 2011

一気に秋模様

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今日(9/19)は、朝から雨。
昼間は、雨があがったものの夕方からは、また降り始めた。

昨日まで上京している間は、連日30度を超す晴天。
江津に帰ると、25度にも届かない。
午前中は、半袖では肌寒ささえ感じた。

午後から、某企業での講義には上着を着て出かけた。
週間天気予報では、台風の影響で、22日ぐらいまでは雨予報。
23日以降は晴れマークになっているものの、気温は25度以下の予報。

いよいよ、秋本番と言うところだろうか?
食欲の秋に相応しく、スーパーには、秋の果物が並んでいる。

私の仕事も、秋シーズン(後期日程)がそろそろスタートする。
東京で新たなパワーを皆さんから頂き、頑張らなければならない。

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9月 18 2011

江津に戻ってきました。

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今日(9/18)は、連日の色々な方との深夜までのコミュニケーションで、午前中はホテルでゆっくり。
13:30羽田発の飛行機で米子APに向けフライト。
さすがに、疲れていたのか座席に着くと同時に就寝。
シートベルト着用のライトが消えた旨のアナウンスで、目が覚め窓の外を見てみると、
「あら、いつもと景色が違う。」
時々ある、富士山の裏を通るルートの様で、眼下に東京ドーム


天気が良く、絶好の景色。
遠くには富士山も


日本海に出るころから雲が厚くなり、降下途中で雨が・・・。
台風の影響なのか、米子から江津に戻る途中も、所々で強い雨。

江津に到着すると雨は上がっていたが、所々に水溜り。

とりあえず、ヘロヘロながら、夕方江津に戻りました。
お会いした、皆様ありがとうございました。

江津に到着し、駅の駐車場に向っていると
「山藤さんですよね。ペロです。」と声を掛けられた。
ペロさんには、当ブログに時々コメントを寄せていただいている。
少し、駅前で立ち話をさせていただいた。
嬉しい出会いであった。

明日は、某企業で講義予定。
今晩は、ゆっくり休養して、明日からまた頑張らなければ・・・。

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9月 18 2011

懐かしさ

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昨日(9/17)は、日中の予定が無くなり、旧知の当ブログへ時々コメントを頂く”にわしん”君に電話。
「今日、午後時間無い?会わない。」
「えっ、午後はバンドの練習だよ。」
「見に行ってもいい?」
「もちろん」
と言うことで、14:45に代々木駅で待ち合わせすることになった。

待ち合わせ時間までに、2時間ほどあり、道中である麻布十番で途中下車。
その昔、時々行っていた頃は、麻布は地下鉄が無く、六本木から芋洗坂をくだり行ったものだったが、今や南北線、大江戸線の駅があり、すぐ近所には六本木ヒルズがある環境に変わった。
さぞかし、大混雑かと思ったが、人ではそこそこ。
何か、活気の無い町並みの様な気がした。

さすがに車は多く、一通の狭い通りは渋滞になるほどではあるが・・・・。
イタリアン等の洒落た店はあるが、老舗の数は少なくなった様な?
表通りの鳥居坂近郊に有った、行き着けになっていた寿司屋は、無くなっていた。

店は、時代と共に変化するのは仕方ないにしろ、地下鉄の駅も出来、六本木ヒルズが出来たのに、なんとなく寂しく感じたのは、土曜日の昼間だった為だったのだろうか?

その後、”にわしん”君と合流し、千駄ヶ谷にある貸しスタジオに移動。
練習するバンドは、2007-9-5 ”私の友人が作家!!!”で、紹介した鈴木瑞穂君のバンドだ。

実は、私も彼らと少々音楽活動をしていたことがあり、楽しみにしての訪問。
にわしん君がベース、鈴木君がサイドギター、後リードギター、キーボードの4名が練習。
ドラムは、私用にて欠席。


左から、にわしん君、鈴木君


彼らは、私がUターンする少し前にバンドを結成した。
自分たちのお気に入りの曲のみを演奏。
多少、怪しいところがあっても、愛嬌。
おじさんの最高の趣味かも?

スタジオに入ってのは何年ぶりだろうか?
なんとなく、居心地が良く、楽しい時間であった。

夕方からは、旧友と能登料理を堪能。

http://r.gnavi.co.jp/g078511/

シロえびのお造りに始まり、魚貝を堪能した。
〆に食べた”ふぐの卵巣へしこ”のお茶漬け
これは旨かった。
この店は、大あたり。

その後は、いつものhuuで最後の夜を満喫。

麻布、練習スタジオと懐かしい1日となった。

今回は、スケジュールがはっきりしない状態の上京だったが、突然の連絡にも快く応じてくれた方々に感謝。
今回も、充実した旅となった。
今から羽田に移動するが、台風の影響による雨にてフライト時間が乱れないことを祈りつつ。

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9月 17 2011

いとこと再会

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私の母の姉の子(つまりいとこで、私より6歳年下)と30年近くぶりに再開した。

きっかけは、1ヶ月ほど前のこと彼から電話をもらった。
「父が亡くなりました。」と。

母の姉は、30年前に他界しており、叔父さんが再婚されこと等で我家と疎遠になっていた。
連絡は、父と叔父さんの年賀状のやり取り程度。
父は、7年ほど前に江津を離れ川崎で私と暮らし始めたこと。5年前に私と江津に戻ったことなどを近況として年賀状に書いていたが、いとこの彼は実家を出て暮らしていたこともあり、叔父さんから断片的な情報しか持っていなかったようだ。
私も同様に彼の情報は、ほとんど持っていなかった。
ということで、彼は私の父に電話してきたのだ。
Uターン時に、NTTさんに「昔使っていた電話番号がフリーであるならば、その番号が頂きたい」旨のお願いをしラッキーな事に昔からの電話番号が入手できていたために、彼からの電話が受け取れた様だ。

電話しているときに、そのことに気がつき
「健五(私の父)と話していると思っている?」
「はい。」
やっぱり
「息子ですよ。健五は2年前に他界したよ。」
「えっ、そうでしたか。」
私がUターンしたことは、なんとなく聞いたような?と言っていた。

そんな事で、今回会うことにした。
新橋第一ホテルで待ち合わせ。
彼は、私のHPを見て私の顔を認識していた様で、彼から声を掛けてくれた。

6歳年下といっても50歳のおじさん。(失礼)
大学卒業後フリーのスポーツライターとして新聞や雑誌にプロ野球等のコラム等を掲載しているのだそうだ。
それらをまとめた本も出版していた。
その業界の事は、全く知らないが、おそらくフリーで30年近く飯が食えているのだから立派。
プロ野球界の監督人事等の裏話も少々教えてもらった。
勿論、ここでは書けない。

時間は、あっという間に過ぎ、再開を約束して別れた。

彼から、彼が書いた本をプレゼントしてもらい、少し走り読みをしたが、さすがプロ。文才がある。
彼が、私のブログを見てくれるのは良いのだが、文才の無い私としては少々照れてしまう。

夜は、昨日のブログを見た、当ブログのコメンテーター”千葉の旧友”君と”三歳からの同級生”君が、共に飲み会があるが、huu(私の行きつけのショットバー)にて合流しようとの連絡をくれ、”三歳からの同級生”君が21:00過ぎ、”千葉の旧友”君が23:00過ぎに合流。

お隣に居た、お客さんも一緒に記念撮影。
後列左”三歳からの同級生”君 右”千葉の旧友”君。
まるで前列のカップルの背後霊の様?

“千葉の旧友”君と”三歳からの同級生”君は、初対面。
更に、写真に入ってくれたナオちゃんは、私も初対面。
にもかかわらず、和気藹々と話は閉店時間まで続いた。
カウンターのお店huuの良いところだろう。

また新たな輪が出来上がった。

いとことの再開もあり、充実した1日であった。
しかし、深夜2時までの夜遊びは疲れる。

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9月 16 2011

島根の海に感謝

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昨日(9/15)から上京しています。

今回は、最近母方の叔父が他界し、親戚の訪問もあり、結構ハード。
よって、今回はほとんど友達関係とは会えない。残念。

昨日は、島根、東京共に晴天で、飛行機からの眺めもなかなかのものでした。
今回は、米子空港から飛んだのですが、飛び立つとすぐに海に出て、綺麗なブルーのジュウタンの様でした。
房総半島上空を飛び、今回は千葉市よりの空路。
幕張メッセ、ロッテスタジアム、TDRも結構な大きさに見え、更にスカイツリーが他の建物に比較して群を抜いて高い事も確認できた。

そこまでは良かったのだが、若洲ゴルフリンクスが見え始めた頃から、海の色が黒く見え始めた。
太陽光線の加減かな?とも思ったが、そうでもなく羽田からモノレールに乗り、見える運河も真っ黒。
明らかに、島根の海の色とは違う。
今までは、それほど感じたことが無かったので(汚いとは感じていたが、ここまでは)、少々びっくり。
工場等からの微量の油分が、海流等により集結してしまったのか、夏の暑さで海底の沈殿物が腐敗して羽田近郊の海が全て、真っ黒に見えるのか?
今、魚釣りを趣味としている私は、島根の海に感謝。

昨日は、一つ用事を済ませた後、21:00頃古巣の方と合流。
以前も少し書いたが、古巣のプライベートコンペの誘いが今もある。
次回は11/3,4の2ラウンド。
Uターン後勿論参加できていないが、3/10の上京時にはそのメンバー10名が集まってくれ、楽しい時間を過ごした。
そのコンペに、2年ほど前から島根の産物を山藤(三等)賞として提供している。
その賞品を渡すために合流。

その際、「忙しい?」と愚問をしたが、当然の如く火力関係はドタバタの様だ。
日本のエネルギー安定の為に、頑張ってもらいたい。

今日(9/16)も、東京は天気が良く、暑くなりそうだ。

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9月 14 2011

津波で山消える 

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今日(9/14)も、暑い1日。
そろそろ涼しくなって欲しいと思うのだが・・・。

少し興味深い記事を見つけた。
311の津波で、国内で2番目に低い山が消えたと言うのだ。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110914-OYT1T00636.htm

その山は、仙台市にある日和.山。
高さは、6.05m。

日本一低い山は、大阪市の天保山。
高さは、4.53m。

日和山が、津波の被害に遭い、消えたとの事。
その記事には、日和山は1909年頃住民が作った」と。

山って作って良いの?

あるHPで下記説明を見つけた。
「小さくても山となっていたり、盛り上がった土地と認識されたりと様々であり、単純に標高では決められないということが分かりました。地元が山と言えば山となる、つまり地元の人々の認識に従っている。」
つまり、日本一低い山の4.53mより低い山を作って「山だ。山だ。」といい続けていれば、日本一低い山となる可能性があると言う事だ。

日本一が無い、江津市で日本一を作ることは難しくないと言う事だろうか?

とは言っても、何か解せない。
「自然の力で出来たのが山」と言う定義出ないと、誰でも低い山が作れてしまうこととなる。

山が造れる夢を残し、今のままでも特に問題ないのだが・・・。

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9月 13 2011

円高は、どこまで?

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今日(9/13)も、晴天で温度上昇。
とは言っても、朝夕は結構涼しくはなったが・・・。

東北大震災の経済的影響は、ここ江津でも色々と有ったが、徐々にその影響も回復しつつある様だ。
しかし、ここに来て今度は円高の影響が危惧される。

ここの所76円台で推移。

少し振りかって見ると、小学校の時だったろうか初めて為替相場という言葉を知ったのは・・・。
その時は、固定相場で360円一定。
今や、当時の5分の1。

1960年代初めに比較して、確かに日本の経済力等は確実に上がり、円が強くなったと認識できる。
しかし、ここ数年日本経済が強くなったとはとても思えない。

他国の経済力が日本以上に悪いという事なのだろうか?
為替は、色々な要因が絡み合い、我々素人には理解しがたい。

1980年後半頃、私の記憶だと円相場が急激に高くなり140円程度になった頃、「輸出案件を110円でも利益が出る様に検討するように」との指示があり、緊急検討を徹夜で行った事を覚えている。
その後、更に円高が進み100円を突破。
最近は、徐々に円高が進み70円台。

いったい、どこまでいくのだろうか?
このまま、推移すると部品等を作っている会社は海外へ出て行くしか生き残る道はなくなってしまう。
そうなると、当然職を失う事になる方も多くなる可能性がある。

今日の野田新首相の所信表明で、「年度内に経済復興施策をまとめる。」と語られたが、大丈夫だろうか?
どうにも、心配でならない。

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