5月
04
2009
’08-10/9“同窓会だと。”にて紹介した江津中学校昭和45年度卒業生の同窓会が5/3パレス和光で開催された。
父の四十九日前でもあり、いかなるものかなとも思ったが、浜岡同窓会会長から、「周りは気にしていないから、是非出席してほしい。」と頼まれた事もあり出席した。
今回の同窓会は、64名の出席があり、先生も4名がご出席された。
もっとも遠くは、福島から1000円高速で12時間掛けて駆けつけてくれた人もいた。
前回は、11年前の開催で51名の出席だった様で、今回は盛会だったと言っても良いのかな?と思っている。
中学校の同窓会には初めて出席したので、中には38年振りの方もいた。
しかし、見事におっさん、おばさん。
「あれ、誰?」と何度聞いたことか。
名簿作成の時でも、半分ぐらいは判らなかったのだから無理も無い。
名札と、出席者氏名リストを作り配布して良かった。

今回は、事務局長を仰せつかっていて、当日は司会も勤めさせていただいた。

司会をしていた事もあり、出席者全員とは会話出来なかったが、会話した方とは徐々に徐々に思い出が蘇ってくる。
一気に、時間が戻った様だ。
その後、2次会。これまた43名が出席してくれ、更なる盛り上がり・・・。
その後3次回まで突入し、話は中学校の話題ばかり。
なんとも愉快な一日となった。
今回は、同窓会用臨時HPも立ち上げ(ここではアドレスを公開できないが・・・。)同窓生の皆様に幹事会の模様から公開し、今回欠席の方からも、「HPを楽しませてもらっている。」との連絡を頂いたこともあり、数日中には、同窓会の写真をUPする予定にしている。
インターネット文化に感謝です。
同窓生の皆様
また、数年後に元気でお会いしまょう。
5月
03
2009
’08-9/9“セイゴ入れ食い”で紹介したとおり、すぐ傍を流れる江川で気軽に釣りが出来る環境がある。
その時、ご近所の吉田さんから「来年は釣りを始めたら?」と誘われていた事もあり、
その吉田さんに、
「これから、夜が暇になりそうだし、ちょっと釣りでも始めようと思うのですが・・・。」と話したところ
「良し、すぐ竿買いに行こう」
という事で、近所の釣具店に。
「吉田さん、釣りにのめり込むかどうかも判らないし、何でもいけるのを1本」とお願いし、とりあえず、投げ釣り用を1本購入した。
すると、
「今晩行くよ。」
「はい」
夜8:00頃江川へ
とは言っても、歩いて5分で釣り場に到着。
こんなに近くに釣り場があっても、子供の頃ちょっと真似事をしただけで全くのど素人。
全て、吉田さんにお世話になり、いざ開始。
「まだ、水温が低いので、どうかな?」と言いながら、そこそこの型を吉田さんが釣り上げる。
25cm程度のセイゴだ。
私には、当りも来ない。「竿の違い?」と思っていたら
吉田さんが
「竿変えてみようか?」
ここは、素直を従うかしかなく交換すると、ものの数分で、私の竿で吉田さんが釣り上げる。
「吉田さん、餌に何か仕掛けしてない?」
「何もしてない。」と冷たく答えられた。
その後も、吉田さんが、もう1ぴき私の竿で釣り上げ
「この竿でも、十分釣れるよ。」と竿を返された。
素人ではあるが、やっぱり相手に釣られると、ちょっと悔しい。
しかしだ。
自分の竿が戻ってきて、ものの数分、何と見事に当たり。
自分の竿での初釣果となった。

少々小さいが、まずまず。
晩飯のおかずには、十分。
デビュー戦は、とりあえず釣果が出てひと安心。
もう少し、水温が上がると、バンバン釣れる様になるらしい。
夏場の夕涼みは、釣りに決まりかな?
5月
01
2009
「山藤さんですよね。」
「はい、そうですが・・。」
「この封書を川崎の方に送った所、住所不定で戻ってきてしまい調べましたら、江津に戻っておられる事が判り、後ほどお届けしようと思っていたのですが、たまたまお越しになったので、手渡してすいませんが・・・・。」
「はい。受取りますが、でもどうして川崎に送られたのですか?」
「データが古かったようで・・・。」
「2年半前に、住民票その他の手続きは終わっていて、この固定資産税等の書類は、今の住所に届くのに?何か変ですね?」
「・・・・・」
私の言っている意味が判って貰えなかったようだ。
先日、市役所のある課を尋ねた時の事だ。
受取った書類は、私と父の共有名義となっている土地の「地籍調査をする説明会の案内書」だ。
既に、父への案内は現住所に送ってきていて受取った。
2年半前に、父と私二人同時に現住所を江津市に移転しており、何故父のは届いて、私のだけ川崎なのだろうか?
と言う事は、父を川崎に移籍する前のデータ(3年半前以前のデータ)で送付してい物と推定できる。
(父の住民票は、3年ほど前に一端川崎に移していた。)
江津市の住民データベースは、どうなっているのだろうか?
あるいは、市民のデータベースの使用許可は、どうなっているのだろうか?
私の推測が当たっているとすると、3年以上も前のデータベースが使用できる環境が存在していると言う事になる。
Pマークレベルの管理が出来ていないのだろうか?
その管理不十分によることの、後戻り作業が発生している事を上司は、どう判断しているのだろうか?
上司は、知っているのだろうか?
これでは、いつまでも改善されない。
年金関連の処置、定額給付金の配布処理等で、あっちこっちの市役所等で不手際があった旨の報道がなされているが、全く同じ構図の様な気がしてならない。
チェック体制が出来ていない。俗に言う、”やりっ放し状態”だ。
こんな事を繰り返すと企業であれば、確実に客離れに繋がるのだが、代わりの無い官庁は客離れが発生し無い事が問題意識の低下になるのだろうか?
4月
29
2009
数日前に、江津市定額給付金給付事業実施本部からハガキが来ていた。
おそらく、振込みのお知らせと思い、そのままにしていたが、思い出し開けてみると、定額給付金を4/24に振り込むと言う通知だった。
直接口座は確認していないが、振り込まれているのだろう。
3/21 “来た来た定額給付金” にて申請書が来て、すぐ返信した旨報告したが、振込みは、更に1ヶ月掛かった様だ。
既に、定額給付金のニュースは、過去の物になったのか、報道も下火。
全国ほとんどの市で支給は完了したのだろうか?
本定額給付金の基準が、’09年2月1日だったので、先日(4/16)に無くなった父も当然対象者で、2万円の支給があったようだ。
好きだった花でも買って、祭壇を飾る事にしよう。
私の1万2千円は、どうしましょうか?
美味い物を食いに行くか、それとも江の川で釣りする為の竿でも買いましょうか?
次の経済対策として、15兆円にもなる’09年度補正予算案が発表されたが、どうなんでしょうか?
http://www.asahi.com/politics/update/0421/TKY200904210175.html
我々末端まで届くのでしょうか?
4月
28
2009
父の通夜の事だ。
「喪主さんは、座布団に・・・」
いやな予感。
周りは小さいくてもイス席。
何故喪主だけが座布団?と思いながらも葬儀屋の指示に従った。
正座かな?無理に正座せずに足を崩しても・・・・?と葛藤しなからも正座してしまったのが、間違いの始まり。
最後に喪主挨拶の時の事だ。
立ち上がろうとしたが、足の感覚が無い。
どうやら、足の指が内側にしまった状態になっていたようで、ダンス立ちの様な形になり、見事に転んでしまった。
その時に、会場に、”バキッ”と鳴り響いたようだ。
膝立ちで、何とか挨拶し、通夜は無事終了した。
しかし、何を言ったか、痛みの為かあまり覚えていない。
足がしびれて、ただ転んだだけなら良かったのだが、なんと右足は、指の第2関節辺りが強度の捻挫。
更に、左足は足首辺りを強度の捻挫。
会場のお寺は、我家の裏にあり近いのだが、ヨチヨチ歩き。
折れていたら、歩けないだろうし・・・。とすぐアイシング。
その後、父が愛用していたモーラステープで処置。
告別式の朝。
数時間うとうとし、起き上がると痛い。
とても会場まで歩けない。
そこで、父が愛用していた車イスの登場。
当ブログのコメンテータ”新聞屋の所長”君が押してくれ、何とかお寺まで。
さすがに、葬儀屋も
「山藤さん、今日はイス用意しました。」だと。
お迎えも、お見送りも失礼させていただき、イスに座ったままご挨拶。
何とも無様な喪主だ。
夕方には少し痛みも治まり、親戚の方がPM5:00頃まで居た事もあり、病院に行けずじまい。
しかも、告別式の夕刻には、お手伝い頂いたご近所さんにご挨拶周りする事が出来ずに、失礼してしまった。
次の日(日曜日)、痛いようであれば、病院に行く予定であったが、事の外痛みが少なくなっていた。
アイシングが効いたのだろうか?
とりあえず、ヨチヨチ歩きで、ご近所の挨拶周りを済ませ、家でなんだかんだと処理をしていると、益田市で整形外科の開業している幼友達が、線香をあげに来てくれ、ついでに診察。
「この腫れと、痛みだと骨は、大丈夫そうだ。」と・・・・。
ひと安心。
粗相してから、約2週間。
普通に歩けるようにはなったが、まだモーラステープが手放せない。
しかし、持ち主を亡くした車イスを、私が使うことになろうとは・・・・。
この事があり、その車イスを本町第三自治会に寄付する事にしたのだ。

この町内は、高齢者も多く、急に車イスが必要になる方が出る可能性も高い。
更に若い方でも私の様なちょっとしたトラブルに見舞われ、数日間だけ必要と言う事もありうるはず。
通常、不要になった車イス等は、社会福祉協議会等に寄贈するのが一般的だそうだが、借用する時は、在庫が無かったりしてすぐにとはならないようだし・・・・。
この車イスは、川崎時代に父を少し遠出させる時の為に用意したもので、ほとんど使用しておらず、江津に帰ってもそれほどの頻度で使っておらず、新品とは言えない物の、汚れ、傷もほとんど無い状態。
折りたたみ式で、収納スペースもそれほど要らないことから、本町第三自治会集会所に常備していただく事となった。
皆さん、喪主になったら座布団でも、正座はやめましょう。
慣れ無い事は、やらない方が良いと思います。(経験者は語る。)
今回の粗相は、イタズラ好きの父が仕掛けた笑いだったか、リューマチだった父が痛みを少しは知れ!と言っていたのかも?
4月
26
2009
今日(4/26)の夕方、雨が上がり玄関から顔を出すと、そこに虹。
虹は、夏のイメージなのだけど。

それほどくっきりした虹では無かったが、何年ぶりに見たのだろうか?
虹が出ていても気がついていなかっただけなのだろうか?
おじさんになっても、なんとなくロマンチックな気持ちになる?
子供の頃、プリズムの存在を始めて知り、いつでも虹が見えるとはしゃいだ事を思い出してしまった。
自然現象を見て、「わぁー」と思ったのも何年ぶりだろうか?
サラリーマン時代に、火力発電所に行く事が多く、各地の海辺の風景は、見慣れたものであったが、沖縄の波照間島に行った時は、海の青さに「わぁー凄い」と声を上げた事を覚えている。
(波照間島は、石垣島から高速船で1時間程度南にいった、日本の有人島の最南端の島)
たまには、自然現象に触れる事も良い事だなと思ってしまった。
江津は、自然に恵まれているのだから、少しは江津散歩も良いのかも。
4月
25
2009
キムタツ?
キムタクなら私でも知っているけど・・・・・。
中高の教育界では、有名な方の様だ。
あの灘中、灘高で英語の教鞭をとっておられる木村達哉先生の事だそうだ。
http://www.iwamichisuikan.ed.jp/?p=2896
http://www.kimu-tatsu.com/
「教育界では有名な先生の講演があるけど行かない?」と、ご近所で息子さんが智翠館高校に通っている吉田さんからお誘いを頂いた。
その前に智翠館高校を訪問した際に聞いていたので、行って見ようかな?と思っていただけに
「はい、行きます。」と即答した。
今回の講演は、智翠館高校の校名変更の記念講演として行われた。
江津では、そうそう色々な方の講演を聞くチャンスは無く、商工会議所主催の講演等も極力行くようにとしている。
今回は、子供の教育という事ではあるが、私も色々な所で話しをさせていただく事も増えているので、何かの参考になればと思って聴講してきた。
「女子か。灘高は、男子校更に教員も全て男。女子には慣れてないので、あまり見るな!」
と切り出した。
やはり、人気の先生なだけに、掴みは完璧。
自分の高校時代の3つの夢を題材に、90分生徒たちに語りかけた。
その中で、秋ぐらいにある、全国統一模試の結果で、毎年100名以上を東大に送り込む灘高でも、A、B判定はあまりいない。
しかし、最後の追い込み時期に、
「君は、C判定だから、無理」だとは絶対に言わないのだそうだ。
C判定でも、本人の行きたいという希望があれば、最後の追い込みが効いて、大量合格になるのだそうだ。
“やる気”を維持させる大きなポイントかも?
更に、「誰にも負けない事を一つ作れ」とのメッセージに対して、ある生徒が、
「キムタク先生の誰にも負けないものは何ですか?」と質問した。
先生は、灘高で、生徒が授業中に寝ない先生の授業ベスト5とワースト5を調査して発表したのだそうだ。
その時、ベスト1に輝いたそうで、
「生徒を寝させない事には、他の先生には負けない。」と言われた。
しかし、生徒評では、授業方法が異なっており参考データとなっていたらしいが・・・・。
先生は、生徒に伝える為に、”落語の間”を勉強した。と言われており、やはり努力はされている様だ。
さすが、人気の先生らしいお話で、生徒たちも引き込まれていたようだ。
4/1 “えっ、私がですか?” で紹介したとおり、私も智翠館の生徒たちに話す事になっているので、
ちょっと、参考になった気がしている。
4月
23
2009
昨日(4/22)に、葬儀のお礼も兼ねて、”焼肉ふじた”に行くと
「最近、疲れ気味で、明日有福温泉に入りに行こうと思っているけど、行かない?」
と誘われ、初七日も終わった事だし、ちょっとした気分転換と思い出かけた。
有福温泉は、’08-9/26 “有福温泉”で紹介した、ここから10km程度西方面に行った所にある。
温泉街の中ほどには、3箇所の誰でも入れる公衆浴場があり、1回300円と手ごろだ。
今回は、御前湯
御前湯は、高台のレトロな建物。
西暦651年の起源を持つ美肌温泉とある。私も美肌?
受付けもレトロ。

男湯は、貸しきり状態だったので1枚。

2Fに休憩室。
ゆっくり浸かって、畳の上に座ると、とにかく眠たい。心地良い。
弁当の持込もOKの様で、次回は温泉に浸かって、弁当食って昼寝して・・・・・。
300円で、これだけリラックスして良いのかな?と思ってしまった。
公衆浴場は他に、さつき湯、やよい湯があり、それぞれ300円だけど休憩室が無いようだ。
御前湯とさつき湯は、源泉が同じ、やよい湯は、源泉が別でイオウの匂いが強いらしい。
3つを全て廻るチケットがあっても良い様な?そうすると、そのチケットで御前湯の休憩室も使えるのだけど・・・・。
行って良かった。随分リラックスできた。
誘ってくれた、焼肉ふじたの店主に感謝。
4月
22
2009
父の葬儀が終わった次の日から、
「山藤家様」と香典返し用のカタログシヨップのパンフが、次から次へと届く。
田舎でも、営業合戦があるとは・・・・。
とは言っても、この辺りの新聞には、”お悔やみ”という欄があり、亡くなった方の氏名、年齢、住所が掲載される事となっている。
ちょっと、離れた地域のご不幸は、これで知ることが出来、住民には欠かせない情報源となっている。
いつ頃から、掲載されているのかは、良く判らないが、亡き父は毎日、そこを見るのが日課となっていた。
この欄がある関係で、シヨップ側は、情報を容易く入手し、”**家様”と配送してくる訳だ。
都会は、この”お悔やみ”欄が新聞には、無かった様な?
記憶に無い。
おそらく、数も多くなり掲載は難しいとも思える。
それでも、この様に、ショップ側からのカタログが届くのかな?
シヨップ側を考えると情報収集が大変そうだ。
都会は、近隣にデパート等の大型シヨップも有り、必要者側は特に困らないとは思うのだが・・・。
今日(4/22)初七日の法要が無事終了した。
あっという間の7日間と言うか、日々仏事をこなす事が精一杯だったと言うか・・・。
明日からは、各種手続き等の作業をボチボチ始めようと思っている。
4月
21
2009
4/18の父の告別式に、東京から3人のいとこが駆けつけてくれた。
その3人は、全て芸術肌。
同じいとこでありながら、私には全く芸術のセンスが無い。

写真左から、イラストレータ、書家、TVCMのエグゼクティブディレクター
告別式修理後、飛行機までの時間が少しあるとの事で、甍街道を少し案内した。
宣伝、宣伝。
一通り案内すると、イラストレータは、ちょっとスケッチしてくると再び出かけた。
飛行機の時間もあるのに、スケッチなんて行っている時間があるのかと心配していると、30分ほどで下記のスケッチを完成させて帰って来た。
さすがプロ。
田舎の雰囲気の依頼があった時用に書き溜めているらしいのだ。
是非、どこかで発表してほしいものだ。
右の写真は、ほぼ同じところから1年前に撮った写真。

彼は、ゴルフダイジェスト等の雑誌の挿絵とか、江戸職人のイラスト等を書いている。
そして、TVCMエグゼクティブディレクターには、是非ここでCMとってほしいとお願いした。
甍街道の風景と、江川の水量の多さにびっくりしたようであった。
その内、この風景が、どこかのCMに採用される事を心待ちにしたいと思う。
彼の最近のCM作品は、某携帯会社のカッパとか、某ドリンクメーカの****太郎とか・・・。
最後に、「出演者は、可愛い子で・・・・。食事する時は、私も・・・・。」とお願いした。