11月
01
2007
先日、上京時にたまたま秋葉原に行ったので、ヨドバシで増設メモリを購入した。
持ち帰り挿入しようとしたところ大きさが合わない。
「あちゃ!」
早速、店に電話し内容を伝えたところ
「調べた担当とレジ対応担当は、同一でしたか?」
「別々の方でした。」
店は、そこに原因があると推定したのであろう。
対応としては、型式を調べた担当に教えられた商品の店独自NOをレジカウンターで伝え商品をバックヤードから持ってきてもらい受け取るものであった。
ミスの原因として、
1)メモリー型式調べの間違い
2)メモリー型式からお店独自NOへの変換間違い
3)私のお店独自NOの記憶違い、言い間違い
4)バックヤードからの商品出しの間違い
と考えられ、私のミスがあったかも知れない。
しかし店側は、
「大変失礼しました、お取替え致します。」
「購入時、たまたま東京に行っていて、現在は島根県で、そちらに行く事が出来ないのですが・・・・。」
「もちろん、お送りいたします。回収も担当を伺わせます。」
「私のミスかも知れないし、こちらから送り返しますよ。」
「いやいや、当社のミスですので回収に伺います。当社マニュアルを変える事も出来ませんので・・・。」
「そうですか」
「後ほど、発送手配が終了しましたら、配達時間等をご連絡いたします。」
「はい」
と言うことで、数時間後に配送予定時間等の連絡を頂いた。
この対応は、お客様サービス担当でなく、売り場担当者だった。
見事に、社員教育が出来ている。
きちっとマニュアルが完備され、担当はそれに従い対応しているのである。
さすが、大手量販店。
どこかの食品メーカとは、何かが違っているのでは・・・・・?
10月
31
2007
庭の山茶花(さざんか)が開花した。

山茶花は、ツバキ科らしいがツバキとは違うようだ。
山茶花は、花びらが散るのに対し、ツバキは、花ごと落ちるらしい。
花があれば、このことは判るが、花の無いときの区別は?
川崎で住んでいた家に山茶花とツバキの両方があったが、最後までどっちがどっちだったか判らずじまいであった。
山茶花が咲いたと言う事は、冬の訪れと言ってよいのだろうか?
そろそろ、灯油の準備をしなければと思っている。
原油価格高騰で、灯油も高いのでしょうね?
ついでに、島根は灯油が高い。
昨年も、川崎時代に比べ1缶あたり200円程度高かった気がする。
10月
29
2007
昨日(10/28)に無事、3泊4日の東京の旅を終え島根に戻った。
お会いしお世話になった皆様に感謝です。
ただし、いつも「上京したら連絡してほしい」と言われている方に、ご連絡も出来ず申し訳ございませんでした。
今回は、親戚にも会えずじまいでした。
帰って気づいた事がある。
なぜか全身が軽度の筋肉痛。
特別な事は、一切していないのに・・・・・・。
電車の乗り換え、駅構内を歩く事、ちょっとした荷物を持ち歩く事等々・・・
田舎では、無い行動なのだ。
1年間の田舎暮らしで、これが特別な事となった様だ。
昨日は、台風一過で良い天気だったので、銀座に行って見た。
タクシーを数寄屋橋で降り、きょろきょろすると
「前後賞あわせて1億円」の文字
「宝くじ」だ。
そこは、全国でもっとも高額賞金の出る銀座チャンスセンター前
ジャンボ宝くじの時は、人の行列でとても買えないが、
今回は、人もまばら
「バラ20枚」
当たる事を期待して・・・・・。
買ってから気づいた。
「東京都宝くじだ。田舎で換金できるか?」
当たりもしないのに、余計な心配・・・。
その足で、有楽町駅前へ
ニュースで聞いたとおりの変貌振り。
交通会館のとなりが「有楽町イトシア」となり
有楽町の駅の日比谷口と銀座口を繋いでいた道路は、車が締め出され良い雰囲気になっていた。
(カード下が「めがね橋」みたいにレンガで、出来ているところ)
有楽町の駅前でビルの上方を見上げ
「なかなか、やるじゃん」と思った瞬間
誰かが「田舎者は、都会に行くと上ばかり見て歩く」
と言っていたのを思い出してしまった。
「俺も、立派な田舎者?」
10月
27
2007
昨日は、東京ビックサイトにてセキュリティ―ショー他を“千葉の旧友”と見学。
東芝ブースでは、懐かしい顔に遭遇し談笑。
「山藤さん、田舎でも何かあったらよろしく」
と、カタログを一式渡され、重たいのなんの。
おかげ(?)で、足を痛めてしまった。
(ビックサイトは広く、運動不足の影響だと思うが・・・。)
“千葉の旧友”から
「秋葉原に行こう」
「秋葉原?メイド喫茶に行くってか?」
「秋葉原は、メイド喫茶だけじゃない。ちゃんとした店もある。」
「あっそう。」
と言うことで秋葉原へ
何年振りに秋葉原に行ったのか昔の面影はなく、新しい街に変貌していた。
学生時代の仲間も合流し「長谷川」と言う新潟の日本酒の店であった。
酒の飲めない私は、日本酒には、一切興味はないが、料理が美味い。
特に、明太子の燻製が美味であった。
その後、「花田屋店主がお奨めするお店」で紹介したショットバーhuuに顔を出した。
これまた懐かしいH嬢、H氏等と談笑。
ご機嫌でホテルに戻るとTVから
「明日は、台風接近で・・・・」
「台風?朝は、居なかったのに・・・・・帰りの飛行機大丈夫?」
ちょっとびっくりしたが、急に発生し速い速度で通過することで一安心。
晴男のはずだったが、雨男?
10月
26
2007
昨日(10/25)14:30東京に着いた。
3ヶ月ぶりの都会である。
道中、気になることがあった。
飛行機出発前に私の斜め前の座席で携帯電話にて話しをしている人がいたのだ。
キャビンアテンダント(CA)が気づき「携帯電話は、使わないように」と注意をしたが、CAは、その方が「確実に電源を切ったか否かの確認」をせずに立ち去ってしまった。
(その方は、通話をやめ携帯電話をしまったが、定かではないが電源を切っていないように見えた。)
飛行機の電源回路は複数に分割され、かつ携帯電話程度の微弱電波は遮蔽され計器等に影響しないように対策は施しているはずではあるが、ものすごく低い確率とは思うが、ノイズは思いもよらないところで乗ることがある。
(私もノイズには悩まされた経験があり良くわかる。)
ものすごく低い確率の為か、お客様に電源を切るように放送はしているものの、自主判断に任せている状態になっているのである。
(高い確率で発生するのであれば、携帯電話をすべて見て回るとか、預かるとかの処置が必要であると思う。)
しかし、明らかに認識の欠如で通話するレベルの方には、CAに「厳重注意」と「電源を切ったか否かの確認」をしっかり行わせるべきだと思った。
先日、どこかの空港で携帯電話による計器の指示不良があったとの報道があったばかりでもあるし・・・。
夜は、サラリーマン時代の親分とかに近況報告も含めお会いし、楽しいひと時を過ごさせていただいた。
H殿T嬢殿 今回はお会いできず残念でした。また上京したときにでもお会いしましょう。
10月
19
2007
田舎にUターンして、ほぼ1年が経過した。
未だ、「浦島太郎現象」は、続いているものの徐々にいろいろな方とお話させて頂いたり、いろいろな物を読み、その現象も消えつつある。
その一つが、地方新聞だ。
帰ってきた当初は、読んでも
「何のこと?」
「これってどこの事?」
と言うことの方が多く、頭に残る事は少なかった。
最近は、
「先日聞いたあの事か」
「あの場所か」
「島根もこんな取り組みをやっているのか」
とか、判る様になってきた。
まだまだ、完全雪解けとはいかないが、もう少しのような気がする。
しかし、Uターン時「ITの遅れを感じた」このことだけは変わらない。
10月
17
2007
「田舎への思い」でも少々紹介したが、我家は正確な築年数は不明なものの推定140から50年程度経っている。
いつもコメントを入れてくれる「新聞屋の所長」が、失礼な奴で我家を「ぼろや」と呼ぶが、全くその通りで反論できない。
古民家ブームで、人によっては「すごいね。夢があるね。」とか言ってくれる。
「そうかも」とも思う。
私自身も、観光地に行って、古い家等を見ると「すごい」と思う。
しかし、自分で住むとなると、これは別だ。
私も、小さいながら川崎で新築の家を購入し、文化的な生活を10年ほどしていた。
それに比較すると、何と生活しづらい事か。
「バリアフリー」なんてとんでもない。
地震がきたら、先日の能登半島地震と同様、我家はまず崩壊する。
瓦屋根の重量だけでもすごいらしい。
私の家のある辺りを「甍街道」として街並み保存の動きがある。
先日、市から「家の道路に面したところだけ」修復に補助金が出るとの回覧があった。
「こんな事で良いのか?」
何か間違っている気がする。
「甍街道」として保存して何がしたいのか?全く見えない。
別途、この活動に詳しい方と話はしたいと思うが、推進者とこの街に住んでいる方の温度差をすごく感じる。
この件は、書き始めたら止まらなくなりそうで、別途書く事したい。
明日満88歳になる父が、リュウマチで足が少々不自由で、家の中のちょっとした段は何とか頑張っているが、角度の付いている場所では踏ん張りが効かない様で、玄関先のちょっとした角度が大変であった。
それで、今回スロープを付けた。

見た目は、良くない。
街並みに相応しいかどうかは判らないが、手すりを付けなかっただけ見た目は良いと思う。
介護優先である。
10月
15
2007
「背高泡立草が増えて処分した。毒花だからね。」とご近所の方。
「毒花?」
我家の裏の空き地にも、いっぱい黄色い花を咲かせ秋の風情と思っていたが・・・。
調べると
「一時は気管支喘息の元凶だと思われていたが、セイタカアワダチソウは虫媒花で風媒花ではないため、無関係と考えられている。実際、日本への移入は養蜂家が蜜源植物として利用するためであったとされており、風媒花でないことは明確である。」
との事。
毒花は、勘違いのようではあるが、種だけでなく地下茎でも増える様で、すごい繁殖力との事で、種が出来る前に切ったほうが良いと父のアドバイス。
それで、今日は天気も良く、早速切るべく植木バサミを持って空き地へ。
行って見ると、背高泡立草の廻りに薔薇の木があり、これまた枝が伸び放題。
薔薇を少し切らないと背高泡立草に手が届かない。
お店で売っている薔薇は、新芽部分に咲いた花だからトゲもそう強くないし、最近はトゲの無い薔薇もあるようだが・・。
しかし、自然の薔薇は、すごいトゲ。
おかげで、手の甲とか傷だらけになってしまった。
毒花?にトゲ、更には除草剤にも勝つ雑草。
これから、毎年戦いだ。
何か良い方法は、無いのだろーか?
10月
11
2007
今日の日経の朝刊記事に下記を見つけた。
「胃炎や胃潰瘍(かいよう)を引き起こし、胃がんの遠因ともされる「ピロリ菌」が、胃の粘膜に長期間にわたって感染し続ける仕組みを、東京大学医科学研究所などの研究チームが突き止めた。」
実は高校3年の秋に「十二指腸潰瘍」による吐血で緊急入院し、その年の受験をしていないのである。
原因として、学校から帰ると食事して、すぐ睡眠。
2,3時間後に、起き出して深夜放送を聴きながら形だけ勉強してるふり。
(ながら族と呼ばれていたが、頭に入る訳が無い。)
深夜放送が終了して、また睡眠。
このめちゃくちゃな生活が原因とされた。
この入院が勉強嫌いの私にとっては好都合と言うか、それを勝手な理由にしてぷらぷらしていた記憶がある。
それから30年、寝る前の食事は極力避け、睡眠不足には注意し、一年に数度は市販の薬を飲んで10年に一度胃カメラを飲む程度で上手く付き合ってきた。
最近、この「ピロリ菌」が発見され、私も2年前の人間ドックで、
「胃にくぼみがあります。最近胃カメラ飲みました?」
「いや、10年ぐらい飲んでいません。」
「そりゃ、駄目だ。十二指腸に古傷もありますので、飲みましょう。」
「はい」
と言うことで、胃カメラを飲む事にした。
胃カメラを飲んでいる時に、先生から
「胃のくぼみは、何でも無いです。十二指腸も問題無いです。せっかくなんで”くぼみ”の箇所の細胞検査とピロリ菌検査しますか?」
胃カメラを突っ込まれた私は
「よ・ろ・し・く」ともごもごと声を発するのが精一杯。
終了後、3,4cm程度の試験管の中の液体が赤く染まっているものがあり
「これなんですか?」
「ピロリ菌の確認です。赤く染まったから当選です。除菌しますか?」
「もちろんお願いします。」
後日、除菌に見事成功しピロリ菌がいなくなった。
先生に
「昔、十二指腸潰瘍になったのもピロリ菌のためですか?」
「そうかもしれませんね。」
「えっ!30年もピロリ菌を飼っていたのですか?」
「そうですね。あなたの年齢ですと、昔井戸水とか飲んだでしょ?」
「はい。いたるところで。」
「それが原因でしょう。」
「はぁー。あの美味しいと感じていた井戸水が・・・・。」
よく、「十二指腸潰瘍は、精神的なものもある。」と言われ繊細な私がなるのも当たり前?と思っていたが、昨年のUターンを決める”人生最大の悩み”の間も十二指腸近郊が痛んだ事は一度も無し。
除菌してからは、一度も痛みを感じた事は無く、薬のお世話にもなっていないのだ。
やっぱり、原因は、「ピロリ菌」だ。
“ピロリ菌”がいなかったら、私の人生ももう少し違ったかも?
胃が弱いと思っている方は、
「ピロリ菌検査した方が良いですよ。」
10月
07
2007
今日、我家に東国原知事が来た。
いつも知事があっちこっちに配っている例の地鶏だ。
いつも書き込みしてくれる「新聞屋の所長」からのお土産だ。
広島に行った帰りに寄ったサービスステーションで、宮崎県フェアーをやっていたとの事で買って来てくれたのだ。

何回か、TVで作るところを見たが、同じように
「真っ黒け」
硬そうであったが、食べてみるとやわらかい。
地鶏は、硬いとイメージがあるが、一度蒸しているのか?
味は、焼きたての様な、炭の香り。なかなかの味。
しかし、東国原知事の人気はすごい。
政治は、少々素人でも、これだけの経済効果が出れば、宮崎県民は大喜びのはず。
TVに出すぎとかの批判も一時はあったが、今や無し。
マスコミの力は、すごい。
島根県知事も次は、芸能人?残念ながら、全国区の芸能人はいない?
島根県の反映は、いつ来るのか?
新聞屋の所長殿 お礼が最後になったけど、ご馳走様でした。
また、よろしく。