6月
05
2009
多少小で雨交じりではありますか・・・・。
朝から浦安へ移動
私の父の姉のお見舞いです。
91歳。
肺炎を患って、微熱が続いていると聞いていたが、訪ねたときは熱も下がり、会話も多少出来る状態まで回復していて、一安心。
食事が細く、点滴の力を借りているのが、少々心配。
父の分までも長生きしてもらいたいと祈っている所です。
昼飯は、ベーシストのニワシンと。
ショットバーhuuのパスタランチをいただきました。
このランチが人気らしく、満席状態。
夕方から、さいたま市の三歳からの同級生さん宅にお邪魔してブログのアップをしています。
ブログの中に登場する”はなチャン”に初めて会いました。
しっぽを振って大歓迎してくれた様です。

以前紹介した、公認会計士協会の山田氏も合流してくれ、三歳からの同級生さん宅のご家族と盛り上がった夕食となりました。
料理を作ってくれた奥様に感謝です。
(納豆 が無くて一安心。)
6月
05
2009
6/4 半年振りに上京した。
父の四十九日法要も終わり、少し落ち着いたこともあり、もろもろの用件で上京した。
15:00頃羽田に到着し、新橋のホテルに荷物を置いて、赤坂に出向いた。

一ツ木通りから見た、赤坂サカス。

奥に見えるのがTBS
十分おのぼりさんの雰囲気で写真をパチリ。
まずは、父の葬儀にも来てくれた、CMエグゼクティブディレクターの従兄弟を尋ねた。
オフィスは、さすがにCM屋さんらしい、お堅い仕事のオフィスとはまった違う。
羨ましい。
「江津でのCM撮りのイメージ沸いた?」とプレッシャーを掛けておいた。
お客さま、有ってのCMだし、そう都合が良いようにはいかないのは、重々承知はしているのだが・・・・。
次に、サラリーマン時代の親分のオフィス。
TBSの裏手のビルで、景色が抜群。

左の写真は、出来たばかりのマンション。どのくらいの値段やら?億ション?その奥に見えるビル郡は新宿
右の写真の緑の地域は、赤坂御用地
初めて赤坂に行ったのは、上京して間もない頃、誰と行ったかは思い出せないのだが、前のTBSの地下にあったカレーのサクソンに行き、都会のカレーライスに驚いたのだ。
30数年前のことだが、ホシブドウの入ったライスに感激した。
その後、食事をしながら談笑。
また、色々とアドバイスをいただいた。すごい刺激になる。
お店は、カレー屋でなく、円通寺坂にある“宝泉”。
個室を用意いただいていた。
すき焼きのコースだ。
前菜、お刺身(新鮮な鯛など)そしてお待ちかねのすき焼き。
使用している肉は、 常陸牛。残念ながら島根牛ではなかったが・・・・。
もちろん、抜群な霜降りで、言うまでも無く美味い。

美味い肉は、いつまでだっても憧れ。

玄関まで、送ってくれた女将さんに入ってもらってパチリ。
満足。満足。
ご馳走して頂いてしまった。
赤坂を満喫して、新橋へ。
いつものショットバーhuuに顔を出し、1日目の東京が終わった。
6月
03
2009
そろそろ、梅雨の声も聞こえそうな空具合です。
そんな日でしたが、夏の訪れらしきものを見つけた。
先日、柿の花について、紹介しましたが、その柿の葉にトンボ。

何やら、ぶら下がった状態で、少々近づいても逃げる素振りすら無い。
おそらく、ヤゴから脱皮したばかりで、乾かしていたのかな?
この柿の木の下には、池がありますので、そこで育ったヤゴが成長したもの。
自然界では、夏の準備が進んでいる様だ。
今日見つけたのは、シオカラトンボだと思いますが、我家の池にはオニヤンマも多く飛んで来る。
今度は、オニヤンマの脱皮を見てみたいものです。
ところで、明日から東京に行きます。
半年振りの上京です。(少々、興奮気味です。)
6月
01
2009
’08-7/9“差し歯がポロ”以来、久しぶりの歯医者。
昨日(5/31)の夜から、左奥歯がうずいて寝られず。
なんとなく、だましだまし、治療せずにほったらかしにしていた付けが来たのか?
今週末の上京中に痛くなったら・・・・。と思うと、これは歯医者に行かなければと、思い切って飛び込んだ。
少し診察して、患部のレントゲンを撮って、しばらくすると
「麻酔します。」
「・・・・」
その後、ガリガリと削り始めた。しかし、まだ麻酔が効いていないのか痛い。その数分後からは痛みは無くなったが・・・。
「神経抜きます。」
「・・・・」
口を開けられた状態で、話す事も出来ない。
「神経を抜き終わりましたので、後処理します。」
「・・・・」
その後、助士らしき方に変り、後処置。
「処置が終わりました。数日経ったら、もう一度きてください。」
「はい。」
「もし、痛んだ時の為に、痛み止めを出しておきます。お疲れさんでした。」
と、処置室を後にした。
神経を抜くのに説明は無いのか?
前回の差し歯が抜けたときは、接着剤みたいなもので付けただで、江津市での治療は、高校の頃以来始めて。
以前、江津市では医師の説明責任が不足していると書いた事があったが、「歯医者もか」と感じた。
これって、どうなんでしょうかね?
それは、別にしても、いつになったら歯医者が好きになるのだろうか?
5月
31
2009
本日(5/31)、父の四十九日法要と納骨を行った。
葬儀から四十九日法要まで、いろいろな方にお心遣いを頂き感謝しています。
4/2,3頃に父が
「胃の調子が良くない。」と訴え、少し食欲が落ちた。
数日経っても、回復しない。
4/16から上京する予定にしているが、大丈夫かな?と・・・・。
その頃から今日までの2ヶ月間、早かったような、遅かったような?
4/8 ブログでも書いた救急車騒動
4/16からの上京をキャンセル。
その日、介護再認定の申請、ディサービスの申請、ポータブルトイレ等の介護用品手配。
4/16父の死
その後は、毎週の仏事、各種手続き、挨拶廻り等々。
そして、本日の四十九日法要まで2ヶ月間。
多少の手続きを残しているものの、田舎での慣習、その他諸々慣れていない事に、とまいどいながらも一区切り。
正直、「ほっとした」というところだろうか。
明日からは、新たな展開に向け、気持ちを入れ替え動きたいと思っている。
4月に上京し会う予定としていた方にも、6月には上京しお会いする予定にしている。
5月
30
2009
5/4″中学校の同窓会“で紹介した同窓会幹事会の打ち上げを5/29に炭火焼肉ふじたにて実施した。
幹事13名が参加し、ほとんどミニ同窓会。
同窓会という目的を達した安堵感からか、妙に盛り上がってしまった。
私にとっては、ほとんどの方が、この幹事会で38年ぶりに会った人だったが、今や一気にその空白は埋まり、良き同窓生となった感じがする。
しかし、まぁーみんな元気だ。
良く食べる。
“箸離れ”が悪い事。いつまでも箸持ってウロウロしている。
50過ぎた、おっさん、おばさんがパワー満点。たのもしい。

最後に、同窓生有志の方から頂いた、江津中学校への寄付金を今年の4月から母校江津中学校の校長に就任した浜岡校長に、私が代表して手渡した。

浜岡校長からは
「何か子供たちの為になる事に使います。」との挨拶。
その後、二次会。
浜岡校長、カーツスポーツ本田社長、焼肉ふじた店主と私。
浜岡校長は、次の日松江出張とかで、23:30頃早退。
その後、カラオケが始まり、気がつけは、26:30。
あちゃ!
今日、眠かった事。
次の同窓会は、還暦記念?
5月
27
2009
私と薔薇は似合わないが、我家の玄関先にピンクの薔薇が咲いている。
もちろん私が植えたわけではなく、父が植えていたもので、結構な古木。
以前にも薔薇が咲いたとブログに書いたが、今回不思議な事に気がついた。
下の写真は、5/23に撮影

そして本日(5/27)の状態が下記

この二枚の写真は、同じ箇所を撮った物です。
上の写真の左側のつぼみの色は、かなり濃い色。
ところが、下の写真だと左のつぼみも咲いて、かなり薄いピンクに変化している。
そして、もう数日すると、右の花の様に、かすかなピンク色に変化してしまう。
花びらが、どんどん大きくなるに連れて、色が薄くなってくるのです。
この現象は、薔薇全部なのでしょうか?
一般的に花は、つぼみの時と咲いた時の色は同じだと思っていたのですが・・・。
今まで、花の変化の観察をした事が無く、気がつかなった事です。
5月
25
2009
先日、市役所から納税通知書が2通送付されてきた。
父の分と私の分だ。
いやいやまた税金か・・・と思いつつ封を開けると
2通共に固定資産分だ。
父の分は、以前から口座自動振り落としを利用していて、従来は振り落とし完了報告書であったが、今年は死去により口座が閉鎖されていて、その旨を税務課に申し出ていたので、郵送で振込み依頼書が来たのだ。
私の分は、川崎在住中は、市の指定銀行に都市銀行がなく、仕方なしに毎年送付されてくる振込み依頼書にて銀行から振り込んでいたが、Uターンと同時に口座自動振り落としの申請をし、一昨年から口座自動振り落として対応していたが、なぜか今回、振込み依頼書が送られてきた。
「何故?」
本日、別件で市役所を訪問したので、税務課へ
「昨年まで、口座自動振り落としのはずだけど、何故今年は振込み依頼書なんでしょうか?」
担当者が、色々とPC上で確認し
「判りました。以前は川崎にお住まいでしたよね。管理番号が市外の方と市内の方で分けてあり、山藤さんの場合、江津に移られたことにより、管理番号が2つ出きていて、口座自動振込みの口座が川崎の時の管理番号についていました。
今回、管理番号の整理を行い1つにした事により、川崎分の管理番号が消去された事により発生しました。
ついては、どうしましょうか?」
いたって、事務的。わりびれた様子も無い。
「事情は判ったが、ミスしてすいませんの一言も無いの・・・?」
「???」
「どうしてこんなミスが発生するのかな?不適合を起こしてしまったと言う意識が欠如しているのだろうね。以前父のもデータ移し変えミスで同じ様な事があって申し出している。1軒で2回もミスがあると言う事は、他にも同じ事例がいっぱいあるのでは?
データ移管等の処置をする際、移管方法、最終確認体制とかルール作り不足だよ。
従来どおり、口座自動振り落としにしてくれれば良いよ。」
今度は、振り落とし等の処置は、担当が違うようで、別担当者が出てきて
「自動口座振り落としにされるのですが?」
「オイオイ、私は何もしていない。市役所のミスと言う認識を持って対応しなさい。」
「すいません。」
「昨年と同じ様に自動で処理してくれれば良い。」
「少し遅くなりますけど、その処置をさせていただきます。」
これが、一般企業だと上司報告事項で、お金を使う項目だけに信用問題だ。
今回の担当は、ちゃんと上司に報告して、再発防止対策の検討なり、他に同様事例がないかチェックを行うのだろうか?
申し出があるまでほったらかし?
まったく、どうなっているのだろうか?
また、市役所にクレームを言ってしまった。
これではクレーマーのレッテルが貼られてしまいそう?
今度市役所に行ったら石投げられたりして・・・・。
私の場合、Uターン、父の死等と市役所の手続きが続いていて、各種不備に気がついているが、私の周りだけ多いのだろうか?
5月
22
2009
「特に、治療しなければならない所は無いようですが・・・・。」
「”タバコを少なくして、運動しなさい”とのご指導でしょうか?」
「その通りです。良くご存知ですね。」
「人間ドックの時に、毎回言われていますので・・・。」
という事で、4/15“人間ドック登録” にて書いた人間ドックを本日(5/22)受診し、無事終了した。
済生会江津病院に到着すると、正面玄関で
「手のアルコール消毒にご協力下さい。」
とインフルエンザ対策が始まっていた。
人間ドック受付
しばらくして、”健康管理センター”室へ。
自宅で書いた調査票と検便を提出し、採尿、採血、心電図、聴覚、肺レントゲンを一般患者と同じところで済ます様に指示されふらり一周。
次に、視力の眼科へ
戻って、30分ほど待って、エコ検査
「胆嚢に小さいポリープがありますね。」
「昔からです。」
「多少、脂肪肝気味ですかね。」
「・・・・・」
「その他は、特に問題ないようですね。」
今まで、東芝林間病院で受診した時は、技師と呼ばれる方のデータ取りだった様で「説明は後ほど医師がします。」だったが、今回は、説明付き。
後で判ったが、医師の自らの対応だったので、説明を受けながらであった様だ。
次に、胃カメラ
これは、何度飲んでも楽にはならない。一度鼻からの胃カメラを経験して見たいのだが・・・。
「胃カメラは初めてですか?」
「いいえ、何度も経験しています。」
「以前は、何か言われましたか?」
「入り口と出口に問題が・・・。入り口は、逆流性何とかが少々と出口は十二指腸潰瘍の古傷。前回はピロリ菌に当選し、除菌しました。」
と言う事で、挿入
「まずは、出口まで一気に入れます。十二指腸潰瘍の古傷がありますけど、特に出血もしてませんし、問題ないですね。胃は、ところどころ過去に荒れた所がありますが、今は問題ないです。入り口の荒れもほとんど無いです。」
という事で、終了。
「ピロリ菌を除菌してからは、絶好調なんですよ。」
「それは、良かったです。特に問題になるところはありませんし・・・。」
最後に、問診と結果説明
女医さんで、先にも書いたが、エコと胃カメラ担当の先生
「まずは、血圧。下が少し高めですけど問題ないでしょう。人間ドックで緊張してます?」
「緊張は、無いと思いますが、病院と警察は、嫌いなもんで・・・。」
「私も嫌いです。(笑い)」
「尿検査、全く問題ないです。血液検査、中性脂肪がほんのちょっと高めです。」
「足を怪我して、ここ1ヶ月ウォーキングが出来ていなかったので・・・。」
「それは、影響しているかも?完治したらウォーキングは、続けてください。」
項目は覚えていないが、肝臓の値が一つ僅かに高かったが、特に問題ないとの事。
今まで肝臓値で引っ掛かった事はないので、歳のせいかな?
「次に、大腸、視力、聴力、心電図、肺活量等は、問題ありません。肺のレントゲンからは、がん細胞等は見当たりません。」
「OK(心の中での叫び)。」
とは言っても、普通のレントゲンで判るレベルでは手遅れと聞いたことはあるのだが・・・。
どっちかと言うと、ヘビースモーカーとしては、一番気になる項目。
前回は、肺ドック(MRI)を受け、「タバコが原因と思われる細胞の死滅が多々あります。」と言われ、数日間だけ、ちょっとタバコの本数が少なくなった時はあったのだが・・・・。
「最後に、胃カメラです。見ながら説明したとおりです。特に問題ないですね。」
という事で、無罪で完了した。
2年9ヶ月で、一つや二つは、引っ掛かるかな?と思っていただけに上出来です。
しかし以前、「島根県内の人間ドックは、半年以上待ちで、何かが間違っているのでは?」と書いたが、その疑問はぬぐえなかった。
今回の受診は、私も含め4名。
対応してくれたのは、医師1名、看護婦2名、事務員1名。
ほとんどの項目は、一般患者と同じ場所で受診。(これ自体は、問題ではないとは思うが・・。)
江津市で、人間ドックが受診できるのは、この病院のみ。
待ち時間の時に、事務員にドック申し込みの電話があり、「2月まではいっぱいです。」との対応が聞こえ、今も半年以上の待ちになっている様だ。
以前受診していた川崎地域では、通常1ヶ月先ぐらいの予約は取れていた。
人口と、人間ドック定員の比率は、江津と川崎でどうなっているかは不明ではあるが、1ヶ月待ちと半年以上待ちでは、おそらく江津の方が定員が少ないのだと思われる。
もちろん、医師不足、看護婦不足状態にあり、単純に「受診者数を増やせ」と言えない事は重々承知してはいるが・・・。
人間ドックの位置づけとしては、病気を早期発見して、その後の治療を簡単に終わらせ、医療保険の低減が目的のはず。
今のままでは、1日4名で、1年250日可能としても1000名しか受診できないこととなる。
江津市の人口が少ないといっても、江津市の統計データで35歳から70歳までの人口は12000人以上。
(人間ドック対象が35歳から70歳は、勝手な判断ですけど・・・)
いきなり、定員を10倍にしてほしいとは、言わないが2、3倍にする必要はあると思われる。
川崎で、1泊ドックの時は、朝は8:00頃までに、パンの耳を取ったもの1枚と、砂糖、ミルクを入れない紅茶1杯可で、午後から半日ドックと同等の検査をしていた記憶がある。
そんな対応をすれば、少なくとも午前Grと午後Grが出来るはずだ。
あとは、診察箇所の順序等を検討すれば4倍は可能と思えるのだが・・・。
勝手な要望を書いてしまったが、何か対策は必要だ。
5月
21
2009
1957年以前の方は、今回の新型インフルエンザの免疫を持っている可能性があるらしい。
1955年生まれの私もセーフ?
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20090521-OYT1T00566.htm?from=main3
2歳までに、スペイン風邪なるものにかかった事はあるのだろうか?
もちろん、自身としては、記憶に無い。
更に、両親とも居なくなった今としては聞く人もいないし・・・・・。
この発表となった血液データは、アメリカ人だけかな?
とすると、日本人までが免疫を持っていると言えないのかな?
でも、日本でも高校生とか若い人の発症が多いし、信じても良い様な・・・?
また、インフルエンザネタになってしまった。
報道が過熱と言いながら、私のブログも、インフルエンザネタで過熱?
今日から、新しい裁判員制度が始まったが、その報道もインフルエンザの次。
誰もが、いずれ来るかも知れない立場にあり、大変重要な問題だ。
私は、この制度が良いのか、悪いのか未だ判断が出来ずにいる。
そうは言っても、もしその通知を受取ったら、対応しなければならない様だ。