2月
21
2010
我が母校 江津中学校の女子バレーボール部の新人チームが、2/20,21に岡山県立体育館で開催された第6回中国中学校バレーボール大会に島根県第2代表として出場した。
見事に準優勝。
おめでとう。
このチームは、2008-3/30“郷田スポ少全国第3位!!”で紹介したチームのほとんどの選手が中学校に進学し結成された新チームだ。
強くて当たり前?と思いたいところだが、小学校から中学校へは、体も変化しかつ指導者も変る事もあり、そのまま強いチームとならない事も多いとの事。
試合結果は、
◎予選リーグH組
江津2-0安佐南(広島1)
26-24、27-25
江津2-0理大附属(岡山2)
25-18、25-11
予選リーグ1位通過
◎準々決勝
江津2-0香和(岡山3)
25-21、25-17
◎準決勝
江津2-1理大附属(岡山2)
21-25、25-18、25-15
◎決勝
江津0-2就実(岡山1)
14-25、17-25
優勝した就実は、全国大会の常連校。
今回も178cmの選手を筆頭に170cm台の選手が3人もいるチームだったとの事。
併設している就実高校も、春高バーレーでは全国優勝もしたことのある強豪チーム。
そのチームを相手にして、良く戦いました。
濱岡校長に電話すると
「準優勝 おめでとう。」
「オー、ありがとう。」と嬉しそうでした。
更に飛び込んできたのが、米女子ゴルフツアー開幕戦のホンダLPGA(タイ・パタヤのサイアムCC6469ヤード、パー72)で、宮里藍が、何と6打を逆転して優勝。
1イーグル、8バーディー、1ボギィーの63。
最終日のこのスコアーは、凄いの一言。
米ツアー2勝目。
開幕早々の勝利。
昨シーズン後半から好調をキープしている様で、今年は何勝するのだろうか?
楽しみになってきた。
2月
19
2010
今日(2/19)は、ポリテクビジョン2010が中国職業能力開発大学校(岡山県倉敷市)にて開催され、江津市職業技術振興会の主催の見学ツアーに参加した。
雇用調整事業主支援アドバイザーで、島根職業能力開発短期大学校(江津市)に席を置かせて頂いている関係もあり、参加したのだ。
朝、7:40江津市商工会議所をバスで出発
浜田道は、金城辺りから雪景色。

途中、福山市の鞆の浦でちょっと観光と昼食。

鞆の浦は、宮崎駿氏が「崖の上のポニョ」の構想を練った地として有名になり、更にNHK大河ドラマの影響で竜馬に関係した地として観光客が増えているとの事。

まずは、港だけに、日干しが旨そう。残念ながら口にする時間なし。
上の写真は、サヨリ、下の写真は、舌平目かな?


港廻りにも古い建物があり、国立公園第1号となったとか。

街並みは、竜馬時代の物が数多く残り、古い町並み。



見るものがあり、魚介類があり良い感じだったのですが、港の雰囲気の中に下記写真が・・・。

「生活権優先」と。
どういう組織の方が掲げているのかは不明ですが、石見銀山でも同様の問題があると聞いている。
ここ本町の甍街道も、推進側と住民側の意識の差を感じる。
鞆の浦は、路地は、狭く救急車すら入りづらいところもある。しかし、建物、街並み保存で移動は難しい。
しかし、その雰囲気は、観光客を呼びお金を落としてくれる。
街並みの保存は、所有者と推進者との協調し歩み寄りが重要だと思う。
13:30 中国職業能力開発大学校到着
展示会場の体育館に行くと、島根職業能力開発短期大学校のブースに、時々図書館で出会う、2年生が説明員で待機。

彼女は、宮崎出身の志穂ちゃん。
卒業研究で、江津市が検討中の江津市図書館の設計案を作成し発表。
「いつもの格好と違うね。」
「そりゃ、説明員ですから・・・。」
とジャケット姿で奮闘。

商工会議所の渡利事務局長が真剣に聞き入っていた。
下の写真は、釘を使わない、伝統木構造の模型を作成したS嬢(左)。
熱心に聞き入る江津市の建設会社のU氏(右)。

来場者にマイクで説明

記念講演は、三菱自動車の開発部長が、電気自動車について講演。
時代背景も含め、興味深いお話。

20:00 江津に戻ってきました。
寒い日でしたが、なかなか充実した1日となりました。
途中で。高橋選手が銅メダルとの情報が・・。
すばらしい。
日本男子初のメダル。
おめでとう。
ニュースで見ると、4回転が・・・。
決まっていれば、・・・・。
明日は、午前中から講義です。
2月
12
2010
今日(2/12)は、午前中3時間ほど講義。
15:00から、上記テーマのセミナーに参加した。
講師は、事業創造大学院大学の信田和宏教授。
信田教授は、小学校時代を江津で過ごされ、郷田小学校の大先輩。
前職は、電通に勤務され、海外の支社長等も歴任されている。
以前、私が東京に行った際に、お会いしており大変興味を持って聞かせていただいた。
第一部は、世の中の動向を踏まえた一般論。
第二部は、江津に焦点を当てたマーケティング思考
第二部では、日経等のデータからの江津の分析に始まり、江津からコンセプトが聞こえてこない。と訴えられた。
具体的な施策の一つとして、話題性として日本一があれば、それを徹底的に使う。無ければ日本一を作るのが早道と。
基本スタンスは、私が訴えている事に近く、今後自信を持って訴える事が出来るものであった。
日本一に関しては、
2008-9/6“日本一の無い江津市”で、私も提案し、あちらこちらで訴えている。
更にこの中で
「江津市観光協会のキャッチフレーズも “自然豊かな癒しの地 江津市”となっている。
このキャッチフレーズでは、おそらく誰も訪れようとはしない。
なぜなら、”自然豊かな癒しの地”は、全国どこにでもあると思えるからだ。」
とコンセプトの弱さも訴えた。
マーケティングは、私の不得意分野。
しかし、今日の講演で、私が持っている分析力がマーケティングにも応用できると自信を持たせていただいた。
大変、有意義な講演であった。
講演後、しばらく談笑させていただき、また何かの折にはメールさせていただく事を了解頂きお見送りした。
明日も、午前中3時間ほど講義。
将来、できるだろう”江津のコンセプト”には、いずれにしろ強い企業は必要になる。
頑張らなければ。
2月
08
2010
寒い日は、鍋に限る。
とは言っても、今日(2/8)は、気温が17度まで上昇した様ですが・・・。
みそ味にしろ、しょうゆ味にしろ、水炊きでポン酢にしろ、はたまたチゲとかおでんでも鍋を考えた人に感謝。
具も肉系でも、魚貝系でも・・・・。
高級素材(あまり高級は、経験していませんが・・・。)だろうが、一般的な素材だろうが・・・・。
どんな鍋にも欠かせないのが豆腐。
豆腐メインの湯豆腐まである。
その豆腐には、”きぬ”、”もめん”がある。
皆さんは、とっち派?
私は、”きぬ”派。
口の中に入れたときの、まろやかさは、やはり”きぬ”
豆腐は、やっぱり”もめん”と言う方も多い。
冷奴でも鍋でも・・・・。
一時、噂になった”男前豆腐”を食してみたこともあるが、”もめん”でそこそこの味とは感じたが、特別美味いとは思わなかった。
最近は、豆腐料理専門店も多くあり、そこそこ美味しく食してはいるのだが・・・・。
本当に美味い”もめん”を食った事が無いのかな?
京都の湯豆腐専門店にでも行くと美味いと感じる”もめん”に出会うのだろうか?
やっぱり、スーパーの豆腐だと、そこまで望んではいけないのかも?
昔は、私の住んでいる近所にも朝野豆腐店があり、ナベを持ってお使いに行かせられた記憶がある。
その当時の豆腐は、もっと美味かったのかも?(残念ながら、その頃の記憶は無い。)
”きぬ”しろ、”もめん”しろ美味い豆腐を食ってみたいと思うのは、年取った為だろうか?
2月
07
2010
今日(2/7)は、2月の天候とは思えない晴天の1日。
近所の江川まで、ちょっと散歩。

日本海側は、大雪に注意とTVも報道しており、東京方面電話すると
「雪は、たくさんあるの?」と必ず聞かれるが、写真の通り雪は一切無く、風も無く穏やかな1日。

岸辺には、鵜も一休み。
天候とは違い、この辺りも不況の風が吹き荒れている。
まだまだ、この不況も続きそう。
明日からも、少しでも助けになる様に活動していきたい。
2月
03
2010
国民健康保険料は、前年度の収入によって決定される事は当然知っている。
退職後、2年経過した時点(’08-10/1から)で国民健康保険に変更申請し、昨年も1度保険料の変更を経験している。
しかし、昨年は何ら申請した記憶が無い。
その申請用紙が送られて来た記憶も無い。
しかし、今年は下記の案内が送付されてきた。
ainaiのPDF
それによると、「同封された申告書に氏名が記載されている方は平成21年中(平成21年1月から12月)の所得申告が必要です。」と書いてあり、同封された申告書には、私の名前が記載されている。
申告書は、所得税申告用紙とは、明らかに異なっている。
何故?
私は、所得税申告をしなければならない立場だし、その申請から計算されると思っているのだが・・・・?
それから数日後、市の広報誌”かわら版”が配布され、その中の記事に税金申告等の告知の欄があり、国民健康保険料申請の事も書いてあった。
kawaraのPDF(3段目)
それによると、「申告をしなければならない人 1.所得税の確定申告、市・県民税の申告をしない人」とはっきり書いてある。
同じ課から、出されている文章だけど提出条件が、何故にこれだけ違うのだろうか?
それとも、案内状を送付する人の前提条件の間違いで、私の所に届いたのだろうか?
間違いは、発生する。
案内状の送付先に、間違いがあっても、申告が必要な方の条件をきちんと書いてあれば、今回の様な曖昧な案内状にはならない。
以前から、何度か市役所から発行される文章の不明確な事を指摘した。
おそらく、毎年発行が必要な書類は、前年度の文章をそのまま引用して、それで良しとして発行しているのだろうが、こんな意味不明の文章を出し続けていて、問い合わせはないのだろうか?
もう少し、しっかりしてほしいものだ。
また、市役所へのコメントを書いてしまった。
益々、市役所の敷居が高くなりそうです?
1月
29
2010
今日は、雇用調整事業の講師として益田市を訪問した。
昨年から3度目の出張だ。
電車の便の悪い山陰本線だが、この出張には行き帰り共ちょうどいい電車があり、JRでのんびり往復。
今日は、冬の山陰には珍しく晴天。
しかし、冷たい風が吹いていて、日本海は荒れていた。

荒々しい、日本海。
景色は、すばらしい。
講義は、13:10から16:30まで休憩を2回挟んで3時間。
ある建材メーカの方々が対象だった。
講義を終えた後、受講された方から
「先生、面白い講義でした。」
と言っていただいた。
漫才をしたわけではないので、お褒めのお言葉かな?
「ところで先生はお幾つですか?」
「昭和30年生まれです。」とお応えしたら
「そうですか・・・。」と笑い。
「笑いが出たという事は、それよりも若いと思った?それとももっとおじさんと思った?」
「いえいえ、そう言う事でなくて、私たちに近いんだろうなと思ってました。」
「???」
どっちに写ったのかな?
「若く思えた。」と言う事にしとこう。
帰りは、ちょうど夕陽の時間。

珍しく、雲が掛からない夕陽を拝む事が出来た。
数分後に、海に沈むところだったが、この写真を最後に海沿いから外れた為、これが精一杯の写真。
夕焼けも広がり、明日も晴れかな?
明日も、土曜日たが朝9:00から江津で講義。
頑張らなくては!
1月
27
2010
今日(1/27)の山陰中央新報に、「’09年度の石州瓦出荷枚数が前年比18.1%減」の記事
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=517604004
しかも、5年連続前年割れ。
記事によると、1994年2億2800万枚をピークに下落傾向で’09年度は6500万枚。
何とピーク時の28.5%。
石州瓦は、三州瓦、淡路瓦と並び日本三大瓦と称されている。
しかし、徐々に和風建築が減少と共に出荷枚数も減少し、関西大震災の後は、更にその傾向は加速している。
子供の頃は、瓦を焼く釜が、あちらこちらで見られた。
生産会社も今や数社。
この減少傾向は、他の三州、淡路も同じ傾向。
何とか、この傾向は、止めたいとは思うが・・・・・。
私も小さいながら川崎に一戸建てを所有しており、勿論瓦屋根と言いたい所だが、瓦は背負っていない。
東京近郊で、瓦を目にすることは、とても少なかった。
しかも、マンションには瓦は不要。
新聞には、新たな市場を求めると書いてあるが、なかなか厳しい。
この地域では、数少ない全国ブランドの商品。
ニッチ部分(神社、お寺等への手作り)を狙った瓦作りを行っている会社もある。
また、瓦を焼く釜を使って、タイル等の新商品開発も手がけている会社もある。
この文化を守る為にも、釜の火を消してはならない。
何か、新たなアイディアを考えなければ・・・。
私の講義で、瓦関係の方に新商品開発のグループ討議を行ってもらった事もあるが、なかなか「これは凄い」と思うアイディアは出てきていない。
でも、アイディア創出の努力は続けてもらわなければ・・・。
頑張れ、石州瓦!!
1月
26
2010
有楽町マリオンにある西武が年内閉店。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20100126ATGF2603M26012010.html
いやいや、デパート業界の不況は、まだまだ止まらない様で銀座近郊まで・・・・。
西武有楽町店が入居する、有楽町マリオンは、ちょっと調べたら1984年にオープンとなっていた。
当時、銀座は敷居が高く、めったに行く事はなかったが、京浜東北で有楽町経由で、銀座方面へ歩いて行く事が多く、その度に有楽町マリオンの間を通っていた。
但し、西武有楽町店に入った事は無かった様な?
有楽町駅からマリオンに入るまでは、何となく雰囲気が違い、マリオンを通り過ぎると”銀座”と言う感じだったが、昨年ぐらいに有楽町駅前も再開発され雰囲気も変わり、いい感じなのかなと思っていたが、お客の流れは西武には向かなかったと言う事だろうか?
傍の銀座チャンスセンター(宝くじ売り場)は、長蛇の列だけど・・・・・。
次の入居は、また、**電気かな?
1月
24
2010
以前より、雇用調整事業等で講義をしている旨の報告をしている。
その関係で、1月から急に忙しくなっている。
その資料は、父の介護をしている頃に、サラリーマン時代の事を思い出し、TVを見ながらのんびり作っていた物をベースに、その場に合わせてバージョンアップしながら使っている。
当時は、使う目途は付いていなかった為か、「将来は使えるかも?」の思い出作っていたので、そのスピードたるやサラリーマン時代の1/10以下。
最近は、講義が決まってから慌てて作る事もあり、そのスピードもかなり昔に近づいてきた気がする。
先週も、ある方から、とある内容で1時間の講義依頼を頂き、2時間程度でドラフトを作成し、PDFで仮送付。
概ね了解を頂き、来週、1時間講義を同内容で3回実施する事となった。
今日(1/24、日曜日)、多少の構成変更とPPTのアニメーション機能を加えた。
その前は、官庁関係も集まった、ある会議の席上で教育カリキュラムの素案作成を頼まれ、一応余裕を持って、4,5日の猶予を貰ったが、2日程度で提示した。
今だから言えるが、父の介護の時に、使うことがあるのかどうか不明な資料を作っている頃は、何やら不安もあったり、何のためにこんな事しているのか?とも思ったが、「いずれ使う時がある。」と信じPPTで200ページ程度の資料を作ったが(所々、繋がりの無い所もあったりするが・・・。)今は、その資料に助けられている。
やはり、”目的”がある事はいい事だ。
同じTVの付いた状態でも、集中力が違うのだ。
やっぱり、人間は、忙しく無いと駄目と言う事だろう。