10月 04 2007
カテゴリ:店主のまわり
9月 27 2007
今勝負できない女性たち!!
今日、あることに気が付いた。
今まで、ブログに登場していただいた女性たちに共通点があることに。
みんなゴルフが上手いのである。(ヘストスコアは、当然2桁80台)
一人目
「HTML何者だ!!!???」に登場した、栃木のN嬢である。
あるゴルフの接待の席で、お客に、「しっかり練習して、出直しておいで」と言ったとか言わないとか?
宍戸ヒルズカントリークラブ(日本ツアー選手権開催コース)西コースで一緒に回ったとき、OUT7番156yパー3にて男性用5番アイアンで何とホールインワン。
(現在は、レイアウト変更でOUT5番?)
二人目
「プロ見っけ!!」に登場したT嬢である。
ブログの中で書いたように、ゴルフクラブを握ると勝負師となる。
普通の女の子ならば、休みが取れると海外へ「お買い物ツアー」「食べ歩きツアー」というところであるが、彼女は、あっちこっちの良いコースに「ゴルフツアー」に出かけるのである。
三人目
「ブログ毎日」に登場したK嬢である。
先日、連絡があり
「3年ぐらいゴルフをやってなかったけど、久しぶりにコースに出たら、96だった」
「ふざけるな。3年やってなくて、いきなり96ってか」
一緒に回ったときは、飛距離はそうでもないのだが、寄せが抜群でフォームが綺麗なのだ。
女性は、フォームが一度身に付くと忘れないのかな?
四人目
「一楽、二萩、三唐津」に登場した庸子である。
これまた、男性用アイアンをぶちまわすパワーの持ち主。
独身時代は、競技ゴルフに熱中していたらしい。
先日、お宅にお邪魔した際、玄関先に使い込んだクラブがあり、ご主人に
「やってますな。」と言ったら
「そのアイアンは、庸子のです。」
「げぇ。キャビティーでない。昔の難しい男性用クラブだ。」
子育てでしばらくやっていなかったようだが、
「その内勝負しようよ」と挑戦状を叩きつけられている。
どうしよう。今じゃ勝負にならんぞぉ。
「そうだ。ハンデもらおう!!」
田舎に帰って2回ゴルフに行ったが、とても発表できるスコアでなかった。
OBの数が多いこと。
「もうSシャフトでは、無理なのかな?」
道具にあたる今日この頃である。
最後に、彼女たちは、楽しくゴルフをさせてもらったゴルフ仲間である。
ただし、庸子嬢だけは、これからの仲間である。
9月 26 2007
黒い訪問者!!
我家のリビングに、時々黒い訪問者がある。
食べ物があると勝手に上がりこんで拝借している。
更には、昼寝までしている。
小さい真っ黒な子猫である。
目が合っても、すぐ逃げる事はない。
2m以内に近づくと、さっと逃げる。
子猫だから馴れ馴れしいのか、どこかの飼い猫なのか?
我家は、昔の家で、網戸とかのしゃれたものは無い所が多く、
窓をあけておくと、猫は人の気配が無いとなると、勝手に上がりこんでいる。
食べ物だけは、置かないように注意はしているが、なんとなくかき回している様である。
締め出したいが、猫は少々高い塀でも乗り越えてしまう。どうしよう?
なんとなく、子猫だと許してしまいたくなるような・・・・・。
大被害が出たわけでもなく、しばらくは様子を見ることにしょう。
9月 25 2007
一楽、二萩、三唐津
9/23、24と一泊で萩市に行ってきました。
もっとも有名なのは、萩焼ですかね。
一楽、二萩、三唐津と呼ばれるぐらいですから。
伊藤博文、吉田松陰 、高杉晋作、 木戸孝允などを排出した地でも知られています。
私の住む、島根県江津市から西に130km程度のところです。
それほど遠くないのに初めて行きました。
観光地としては、昔の街並みを残し、すばらしいところです。
しかし、海外旅行のブームに押され、観光客は減っており、あれや、これやと新しい企画を展開している様です。
萩城跡の近郊でお土産物屋「花の江」を営んでいる親戚に、ちょっと用があり行ってきたものです。
お土産もかなりのスペースが萩焼き。
ここで、萩焼のうんちくを一つ
萩焼は、土と釉薬の関係で、水漏れする事があります。
昔は、お茶等の渋等が徐々にしみこみ、色の変化「萩の七変化」が
おこると当時に、水漏れも止まる楽しみ方をしていたようです。
もし、水漏れが発生した場合は、かたくり粉を溶かし、しばらく放置しておくとかたくりが、隙間に浸透し水漏れが止まります。
ぐるっと一周萩を案内してもらい、満喫しました。
各所で江戸時代から明治維新の面影を残し、歴史上人物の生家等の残されており、癒される街です。
食事も海に面していて、海の幸もとっても美味しいですが、「竹泉」で「鮎料理」川の幸を満喫させてもらいました。
天然は、塩焼きの背骨もすっぽり抜け(養殖冷凍は、背骨が弱くなっているのか、上手く抜けない)酢橘で「パクリ」
美味い。
3びきも頂いてしまいました。
更にせごし(骨付き刺身)、天ぷら、鮎飯、すまし汁まで鮎。
満足満足。
夜は、話に盛り上がり、寝不足。
萩を語る店主は熱く
「自分の店もさることながら、萩を全国に発信していきたい。」
萩を愛しているのだ。
下写真は、「東萩駅」前でパチリ。
奥様がチビの私に気を使ってかがんでくれましたが、膝まで写っていてバレバレです。
庸子チャン、成長しすぎ。
庸子嬢の母親(私のいとこ)も徳山から駆けつけてくれ、大盛り上がりの萩となりました。
9月 17 2007
不思議な先輩?
サラリーマン時代、大変多くの方にお世話になり、日々叱咤の連続であった。
今でも、多くの方に、ご心配の電話やメールを頂く。
今回、HPオープンにあたり、先輩諸氏何人かに、HPのオープンをお知らせした。数年前に定年退職された先輩に、お知らせと同時に、
「会社を卒業されたし、実名でもOKですか?」
と問い合わせた所、
「私の事もHPに載せていただけるとのこと、島根の有名人になるため
にも実名での記載はOKです。 良く書いてください。」
との返事。
島根で有名になってどうする?と言いたいとこだが、それはさておき
その先輩とは、「茂在さん」とおっしゃる。
なんとも珍しい苗字だ。「もざいさん」とお呼びする。
「良く書いてください。」と言われたが・・・・。
どうしよう、良いとこが見つからない・・?
仕事は、なんとも強引で、絶対引かない。言い出したら聞かない。
見事な、マイウェイタイプ。まったく、扱いづらい上司だ。
仕事以上に、遊びが大好き。
ゴルフ、麻雀・・・・・。
ゴルフにおいても、マイウェイ。打ったらどんどん歩いていく。
「茂在さん、危ないですよ。打ちまーす。」と何度言ったことか。
良く言えば「マイウェイ」悪く言うと「わがまま」。完全に社内で「浮いてしまう存在」
ところが、「茂在さん」は違う。
何かの提案があり、10人中7,8割が反対意向を示していても、提案者が「茂在さん」とわかると
「言いだしっぺが茂在さんじゃしょうがない。」と決定しまうのである。
何だかんだといいつつ、いつも輪の中心にいる。
実に不思議な人である。
いつか、なんて人だろ?と考えた事がある。
発言も「ばかだ、ちょんだ。」とはっきり言う。
これが若手であろうが、関係ない。
真剣に向き合っているのだ。
しかし、「若手を萎縮させていない。」
更には、どこか「隙」を見せ、若手からの「突っ込み」代を残しているのである。
これが、彼の「人付き合いのコツ」「人付き合いのバランス」なのかも知れない。
実に見事である。
「人の輪」の作り方を教わった気がする。
茂在さんとは、ゴルフにも良く行かせていただいた。
東京最後のゴルフもご一緒だった。
(残念ながら、コースまで行ったものの大雨でプレイ出来ずであったが。)
今は、「毎日が日曜日」を決め込んでおられるようであるが、まだまだ引退は早い。
いつまでも「パワフル茂在」でいていただきたい。
また、いずれゴルフでもご一緒できればと思う。
最後に、茂在さんは、国内の火力発電所の自動化プラントの制御方法の礎を築かれた立派な方である。
9月 11 2007
我家の「番亀」?
2年間空家なっていた我家にお留守番がいた。
「田舎への思い」に掲載したとおり、今の住まいは2年間空家となっていた。
家には、ちょっとした中庭があり池がある。
父が、Uターン後、池に向って時々口笛を吹いている。
「どうした?」
「亀が居るかどうか、居れば出てくるはず・・」
「2年間は、生きてないだろー。」
「・・・・」
数日後、父が
「おーい」と私を呼ぶ。
「居た居た。生きとったぞぉー。」
「何?」
見ると、体長20cmの石亀がのそのそ歩いていた。
父が口笛を吹くと反応し、その方向を見ている。
早速、白飯を与えると、腹が減っていたのか、顔中米粒だらけにしてほおばりつく。
なんともかわいい。
父は、私が子供の頃から、亀を見つけると捕獲してきて、中庭に放す癖があった。
だから、いつも庭には亀がおり、池の鯉に餌を与える際に「口笛」を吹くと亀も
一緒に集まってきていたのである。
その時の亀ではないが、この亀は、
「20年ほど前に波積(ここから10kmくらい東)で捕って来た。
その当時、オスも居て、6匹の子供も誕生した。」と言う。
(亀のオス・メスどうやってみるの?今のがオスで居なくなったのがメス?)
20年も住み着き、2年の間留守番をしていてくれたのである。
しかし、「餌をもらえる時は、口笛」と言うことを覚えていたのにはびっくり。
上の写真の通り、今でも人間の手から餌を食べる。
今、こいつと、15cmの亀と2匹である。
我家の「番犬」ならぬ「番亀」である。
9月 07 2007
執行猶予付?
今日地元の済生会江津病院耳鼻科での診察を受けた。
「腫瘍マーカは、悪性ではありません。」一応ほっとした。
最後に鼻の中を覗かれ
「小さくなってますね。しばらく経過観察としましょう。」
「はい」
黄砂が飛び始めた頃、右の鼻が、詰まり始め、息をすると「自分で自分の鼻がくさい」症状が出た。
「またか。黄砂にやられた。」
東京に出て、15年後ぐらいに花粉症が発症し、2月ぐらいからGWの前まで、つらい思いをしていた。
その時に、風邪を引いたりすると「自分で自分の鼻がくさい」症状が出ていたので、今回は黄砂にやられたと勝手な判断をしていたが、数ヶ月経っても直らず、2ヶ月前に病院へ行った。
抗生剤さえもらえれば、直ると思っていたが、先生からは、
「両方の穴がくさいとなれば、蓄膿症といえるが、片方だけだと、ポリープ等の可能性もあるのでCT撮りましょう。」
「そんな大げさなもの?」と思いつつ次回の診察時でのCT予約を入れ、抗生剤等を頂いて帰った。
3,4週間後にCT撮影と、診察を受けると
「ポリープがあります。大きさは中の下ぐらいです。」
「中の下。何だそれは」と思いつつ話を聞くと
「ポリープの出来ている箇所が、顔の前面側から出ているので、内視鏡手術では全部取れない可能性があり口の中を切開して取りましょう。」
「えっ。手術。どのくらいの入院ですか?」
「一週間ぐらいです。」
「父の介護の件もあり、調整させてください。」
「見た目は、悪性ではありませんので、1ヶ月ぐらい薬を飲んでもらって、次回に手術の調整します。」
「はぁー」
済生会江津病院は、市内唯一の総合病院ではあるが過疎地の為、耳鼻科の先生は出雲にある医大病院からの通いとなっている。しかも、同じ先生ではなく、何人かで交代なのだ。
初診の先生は、丁寧な説明をしてくれ、内容も理解できたが、2回目の先生は、えらい剣幕で「手術です。」と言い切り、一昔前の横暴な先生風であった。
3回目は、1回目の先生で、
「どうですか?」
「気にならなくなりました。前回の先生からは、手術です。と強烈に言われたのですが、父の介護の件もあり、どんなもんですか?」
「見た目は良性ですが、まず腫瘍マーカをしてみましよう。良性がはっきりした後で、息苦しければ内視鏡で取れるだけ取るとか、
体策を考えましよう。」と言うことで1ヶ月の投薬治療の継続となった。
それで今日の診察である。(今日も初診の先生)
「鼻茸(鼻の中のポリープの呼び方だそうだ。)は、鼻の炎症にて発生するものです。薬が効いたのか小さくなっているので数ヵ月後CTを取って経過を見ましょう」
「薬は、飲んでいますか?」
「最近は、ほとんど気になってないので止めているのですが・・・。
「では、薬も止め。休診にしまょう。」
「どうせ、年明けには花粉症の薬はもらいに来ますので、その時にでもCTを・・。」
「そうですね。」
完全無罪放免では無いが、執行猶予と言った所である。
9月 06 2007
でっかい梨
昨日、会社時代の「親分」から宅急便が来た。
梨だ。
こっちは、二十世紀梨の産地に近く、梨にはうるさいぞぉ。と思いつつオープンすると、なんともでっかい。
写真の通り、ソフトボールよりちょっと大きい。
冷やして、夕食のデザート。甘さ控えめでみずみずしい。美味い。
産地を確認すると、東京都府中市。多摩川沿いに梨園があるのは知っていたが、こんな美味しい梨を作っているとは・・・。
早速、お礼の電話。確認すると「稲城」と言う品種だそうだ。
ついでに本HPのアドレスを連絡すると、その場でOpenしてもらえ、
「なかなか、やってるじゃないか、でも添付側は、もう一つだな。」
やっぱり。「親分」は、元府中工場のトップ。
「たまには、自分で作ってみるのも、良い経験だ。物造りの大変さが判っただろー。」
「はい。・・・・・・。」返す言葉が無い。
おっしゃる通り!!!
「徐々に、改定していきますので、乞うご期待で・・・・・。」と言いたかったが、
HTMLが・・・・。
9月 04 2007
ありがたい電話
今日は、父の定例の病院で地元の病院に行っていた。
採血中に電話が鳴った。
元の会社の役員の方からだ。
「元気でやっているのか?、仕事は決まっているのか?」
「ありがとうございます。何とかIT系の仕事をやり始めました。」
「島根には、知り合いも居るので、そのうち紹介するよ。」
「ありがとうございます。是非よろしくお願いいたします。」
「東京に来たら、連絡して来い。」
「はい。上京の際は、連絡させていただきます。」
なんと、ありがたい事か。退職時にご挨拶して以来である。何かの折に私の話が出て電話をしていただいたとの事である。
この役員は、野球をずっとやられており、元東芝の4番バッター。
広島カープのドラフトにも声が掛かった方で、野球繋がりの人脈には驚かされる。
今日は、くしくも都市対抗野球で東芝とJR東日本の決勝である。去年私が応援に行った時は、負けてしまった。
私が応援に行かない今年は、優勝できるのではないかと期待している。
「今年は、優勝ですか?」
「うーん。なかなか難しいな。」
厳しい。でも期待されているのは間違いない。是非優勝してもらいたい。
会社時代の皆様には、大変お世話になった。退職してからも、いろいろな方から電話やメールをいただく。
直属の上司であった役員からも、ITの情報も含めてご連絡いただいている。
「出来の悪い部下」ほど気になるのか?しかし、ありがたい。
「何とか、独り立ちしました。」との報告が一日も早くできるようになりたいとファイトが沸いてくる。
21:30追記
都市対抗で東芝優勝。
BSでTV中継を見て9回の裏は、ちよっと興奮した。
相手の3ランホームランが出て7-5、最後は、二者連続三振でゲームセット。
8年ぶりの優勝だそうだ。
球場に行っている、昔の仲間にメールしたら、「最後は、声がかれたぜぇ」と興奮気味の返事が返ってきた。
8年ぶりの優勝は、去年まで私が応援に行ってた為?